季節は過ぎる。
クラリス嬢は相変わらずわたくしへの手紙に自分の謹慎のことを書いていたが、そこに書かれるオーギュスト様の印象が変わってきたような気がする。
『アデライド嬢へ。
元気で過ごしているでしょうか? わたくしの謹慎は学園に入学するまで解けないとのことです。わたくしのお母様も家庭教師もわたくしが間違っていないと言うのにどうしてでしょう。
最近、お兄様の話をよく聞きます。お母様も家庭教師も隠しているようなのですが、お兄様は真実の愛を蔑ろにするようなことをしているということです。これが本当ならば由々しき事態だとわたくしは思うのです。
お兄様には真実の愛に生きてほしい。いつか現れる愛する運命の相手に顔向けできないようなことはしてほしくないのです。
お手紙を書くくらいしかできることがないのでついつい書きすぎました。またお手紙くださいね。
クラリス・アルシェ』
クラリス嬢はオーギュスト様が何人もの幼女を毒牙にかけてきたことが許せない様子である。
クラリス嬢にとっては結婚とは真実の愛を以て、運命の相手ただ一人と結ばれることと思っているのだろう。
その思想がわたくしにはオーギュスト様を断罪するときに利用できるのではないかと思っていた。
「クラリス嬢との手紙のやり取りは続けているのか」
「手紙が来たらお返事を書かないのも失礼だとアデライドは思っているのですわ。優しい子ですから」
お義父様の苦々しい表情はわたくしに対してではない。懲りずに手紙を送ってくるクラリス嬢に対してのものだろう。お義母様はわたくしが断り切れずにいると思ってくださっているようだ。
手紙をもらった以上は返事を書かなければいけないし、クラリス嬢の状況を知るためにわたくしは手紙を有効活用したい気持ちだった。
「クラリス嬢の耳にもオーギュスト様のことは入っているようなのね」
「ひとの口に戸は立てられないというからね」
「アルシェ公爵夫人やオーギュスト殿が口止めしていてもどうしても耳に入ってくるのでしょうね」
自分の兄が
「クラリス嬢はオーギュスト様のことでショックを受けているのだと思うの。お慰めして差し上げないと」
ショックを受けているクラリス嬢の心の隙に付け込んで、オーギュスト様への不信感を深めるようなことを匂わせた手紙を書けばいい。そうすれば真実の愛で結ばれた唯一の運命の相手を夢見るクラリス嬢はいつか兄のオーギュスト様のやっていることが許せなくなるだろう。
わたくしは無邪気を装って返事を書いた。
『クラリス・アルシェじょうへ。オーギュストさまのこと、クラリスじょうがおこころをいためているのがよくわかります。わたくしもオーギュストさまにさわられたとき、なにがおきているかわからなくて、ものすごくこわくてこんらんしました。こんごオーギュストさまがそのようなことをなさらないように、あいするかたがあらわれるようにねがいます。アデライド・バルテルミーより』
六歳になってから少しずつ手首も安定してきて文字も書きやすくなってきていた。わたくしが前回の人生で勉強を始めたのはこの年齢だった覚えがある。それまでは字も書けなかったし、読むのもほとんどできなかった。
それでもお義父様もお義母様もわたくしがやる気になるまで辛抱強く待ってくださって、六歳になって家庭教師と向き合うようになってからはわたくしの文字の習得は早かった。
前回の人生はわたくしは学園の一年生を終えたところで五歳児に戻ってしまったが、学園での成績は首席にはなれなくても、五位以内には入れるくらいだった。
お義兄様は一年生から六年生で卒業するまでずっと首席を守り続けていて、完璧で素晴らしかったのだが、他の方の成績をわたくしはよく知らない。お義兄様と学園に通っていたのは一年だけだし、五学年も離れたお義兄様の学年の成績まで細かくチェックしていなかった。
ヴィルヘルム殿下は成績はどうだったのだろう。クラリス嬢はどうだったのだろう。ジャンはどうだったのだろう。
前回の人生で探っておけばよかったと今更ながらに後悔する。
わたくしが変わったことによって現状も変わりすぎていて、未来が予測しにくくなっている。未来に起きるできごとをわたくしは知っているはずなのだが、起きなかったはずのクラリス嬢の謹慎、そしてオーギュスト様の謹慎が起きてしまって、アルシェ公爵夫人の醜聞も聞こえてきている。
これは前回の人生ではなかったことだ。
ただ一つ確実に言えることは、お義兄様とクラリス嬢が学園に入学するときに、クラリス嬢は特待生として入学してきたジャン・リトレと出会うということだ。
ジャンとの関係が発覚したら、それを元にお義兄様の婚約を白紙に戻せるかもしれない。
それまでには後一年は待たなければいけなかった。
秋のヴィクトル殿下のお誕生日にわたくしとお義兄様はお茶会に招かれた。
ヴィクトル殿下は十一歳になられる。
この国は学園の入学が春なので、お義兄様とヴィクトル殿下は同じ学年で入学するはずだった。
ドレスをお義母様に選んでもらって、リボンもそれに合わせて選んでもらって、わたくしは青いドレスでヴィクトル殿下のお誕生日のお茶会に出席した。
わたくしもお義兄様も社交界にデビューしていないので、昼食会や晩餐会には招かれないが、お茶会には何とか招いてもらえる。
「ヴィクトル殿下、本日はお招きありがとうございます」
「お誕生日おめでとうございます」
「マックス、アデライド嬢、よく来てくれたね。お祝いをありがとう」
いつものように薄い色のスーツを着ているヴィクトル殿下は、肌の白さと銀色の髪と菫色の瞳にそれがよく似合っている。
「マクシミリアンどの、アデライドじょう、ようこそいらっしゃいました」
「ダヴィド殿下、本日はよろしくお願いします」
「一緒にお茶を致しましょう」
背の高いお義兄様と、少年らしいヴィクトル殿下と、まだあどけなさの残るダヴィド殿下が集まると周囲の視線がこちらに向く。
「バルテルミー家のマクシミリアン様はもう大人のように背が高くなられて」
「あの公爵家の令嬢と婚約しているだなんて残念ですわ」
「どうしてあの公爵家なのでしょう」
ひとの噂も七十五日というが、アルシェ公爵家の悪評は広がり続けているようで、お義兄様は同情の目で見られている。
アルシェ公爵夫人は奇行が過ぎるし、オーギュスト様は幼女趣味の変態、クラリス嬢はお茶会を出席禁止になるような失礼をしでかした。
そういうわけで、アルシェ公爵家と繋がりを持とうとしているバルテルミー家にまで同情が集まっているようだ。
「マックスとアデライド嬢のお誕生日のお茶会で出された桃のタルトのレシピ、王宮でも作らせたけれど、美味しかったよ。今日は王宮の厨房の腕を確かめてほしいな」
「楽しみにしています」
「今日はモンブランやカボチャのタルトが出ているんですね。秋らしくて美味しそうです」
小さなモンブランとカボチャのタルトをお皿に取ると、わたくしはテーブル席に座らせてもらう。お茶会はテーブルが用意されていて、取り分けたものを座って食べることができた。
紅茶をカップに注いでもらって、ミルクポッドを手に取る。
牛乳をたっぷりと紅茶に入れると、わたくしは紅茶を一口飲んだ。
「レモンの香りの紅茶ですか?」
「レモネードをイメージした紅茶らしいんだ」
「ミルクとハチミツがよくあいますよ」
蜂蜜の瓶をダヴィド殿下に勧められて、わたくしはティースプーン一杯蜂蜜をミルクティーに垂らした。甘さがレモンの香りを引き立ててとても美味しい。
お義兄様もミルクティーにして蜂蜜を入れて飲んでいた。