わたくしとお義兄様の誕生日のお茶会の日は晴天で暑いくらいだった。
馬車から降りてくるお客様をわたくしとお義兄様は迎える。
「マクシミリアン、お誕生日おめでとう。アデライドもお誕生日おめでとう」
「マクシミリアン殿は来年には学園入学ですね。アデライド嬢も本当におめでたいことです」
馬車から降りて来た辺境伯ジョルジュ義叔父様は、にこやかにわたくしとお義兄様に挨拶する。オリアーヌ義叔母様もお祝いの言葉を口にしてくれた。
「叔父様、義叔母様、ありがとうございます。エタンたちに今日は会えると思って楽しみにしていました」
「エタンもマクシミリアンに会えると楽しみにしていたよ」
「エタンも背が伸びましたがマクシミリアン殿も背が高くなりましたね。辺境伯家と王家の血かもしれません」
この国では辺境伯家は密やかにもう一つの王家と言われている。
それは辺境伯領が数代前までは独立した国で、その国と我が国が平和的に合併した形になっているのだ。そのため辺境伯領はこの国では一番領土が広いし、豊かな実りのある温暖な気候の大地に栄えている。
辺境伯家のお義母様と王家のお義父様の結婚は、二つの王家を結ぶ大切な一大事業であった。それをアルシェ公爵夫人は全く理解しておらずお義父様に言い寄って、お義母様がお義父様に相応しくないと言ったのだから、若いころから問題のある女性だったようだ。
年はお義父様よりも十歳近く年上で、そんな奇行ばかりするので婚約者にも愛想を尽かされて結婚もしていなかったアルシェ公爵夫人が、これ以上辺境伯家にも王家にも関わって来ないように、アルシェ公爵夫人はアルシェ公爵の後妻に納まった。
前の人生ではこんな詳しいことまで知らなかったが、お義父様とお義母様の話、それに社交界で耳を澄ましていると、クラリス嬢とオーギュスト様が謹慎を言い渡されたことに関して、そこかしこで噂が立っていた。
「マックス、久しぶりだね。お誕生日おめでとう」
「ありがとう、エタン。来年からはエタンも王都に来るんだろう?」
「わたしは学園には入学しないけれど、士官学校に入学するよ」
辺境伯家の後継者は代々軍人でなければいけない。長身で体格にも恵まれているエタンお兄様は軍人に相応しいいで立ちだった。
髪の色は金色で目の色は翡翠色。これはジョルジュ義叔父様に似ていて、ルーベル家の従兄弟たちはみんなジョルジュ義叔父様そっくりの金髪に翡翠色の目だった。
「アデライドもお誕生日おめでとう」
「エタンお兄様、ありがとうございます」
「アデライド、一緒にお茶をしましょう」
「ぼくも一緒にお茶がしたい」
マノンお姉様も二コラお兄様もわたくしに親しくしてくださる。
そこに現れたのはヴィルヘルム殿下とダヴィド殿下だった。
「マックス、アデライド嬢、秋のぼくの誕生日には出席してくれるよね?」
「ヴィルヘルム殿下、ようこそいらっしゃいました」
「喜んで出席させていただきますわ」
「おにいさま、おいわいのことばがあとまわしになっています。よくないですよ」
「これは失礼。マックス、アデライド嬢、お誕生日おめでとう」
「マクシミリアンどの、アデライドじょう、おたんじょうびおめでとうございます」
「ありがとうございます、ヴィルヘルム殿下、ダヴィド殿下」
「祝っていただけて嬉しいですわ」
これでわたくしもダヴィド殿下と同じ年になったのだが、ダヴィド殿下はわたくしを見ると頬を薔薇色に染める。ヴィルヘルム殿下はわたくしの手を取って、恭しく指先にキスしようとする。
びっくりして手を引いてしまったが、わたくし、ヴィルヘルム殿下に指先にキスされていいような身分ではない気がするのだ。
「アデライド嬢は恥ずかしがり屋さんかな?」
「おにいさま、レディにそんなことをきゅうにしてはいけませんよ!」
ダヴィド殿下に言われてヴィルヘルム殿下は「どうして口うるさい子に育っちゃったんだろう」なんて言いながらもダヴィド殿下を抱き締めて愛おしそうにしている。
どうやらヴィルヘルム殿下はスキンシップの多いタイプのようだ。
「ヴィルヘルム殿下、ダヴィド殿下、お初にお目にかかります。辺境伯家のエタン・ルーベルです」
「わたしは弟の二コラ・ルーベルです」
「わたくし、マノン・ルーベルと申します。マクシミリアンお兄様とアデライドとは従兄弟同士です」
すかさずエタンお兄様、二コラお兄様、マノンお姉様が挨拶に入っている。
頭を下げるエタンお兄様と二コラお兄様とマノンお姉様に、ヴィルヘルム殿下とダヴィド殿下が頷く。
「ぼくはヴィルヘルム・デムラン。マクシミリアンとアデライド嬢とは従兄弟同士だから、あなたたちとは従兄弟の従兄弟同士になるね」
「ダヴィド・デムランです。いとこのいとこどうし、なかよくしてください」
わたくしとお義兄様を中心として、ヴィルヘルム殿下とダヴィド殿下、エタンお兄様と二コラお兄様とマノンお姉様は従弟の従兄弟同士になるのだ。
それを考えるとお義父様とお義母様の結婚の意義がよく分かる。
「マックスの婚約者のこと、ものすごい噂になってるよ」
「婚約者だけでなくて、その兄君もでしょう?」
「マクシミリアンお兄様も大変な方と婚約してしまったね」
気の毒そうに言うエタンお兄様とマノンお姉様と二コラお兄様に、お義兄様の表情が曇る。
「この婚約が正しかったのかわたしには分からない。クラリス嬢はお茶会への出席を禁じられるほどのことをしてしまったし、淑女としての振る舞いを捨てて、平民になりきるなどという信じられないことをしていたんだ」
「アルシェ家が長く続く公爵家だとしても、クラリス嬢のやったことを庇う気にはなれないな」
「あのお茶会ではマックスが気の毒だったよ」
「ヴィルヘルム殿下にはせっかくの王宮のお茶会でわたしの婚約者が失礼をしました」
「マックスのせいではないからね。それはぼくも分かっているよ」
それでもクラリス嬢が平民のように振舞うと言って貴族のご令嬢を泣かせてしまったことも、オーギュスト様が子どもたちの小さなお茶会の会場に一番近いお手洗いの前で待ち伏せしてわたくしを襲おうとしたことも、全部変えられない事実だった。
思い出すだけでわたくしはぞっとしてしまう。
「アルシェ公爵夫人から父上が何度も嘆願書を受け取って辟易している。『謹慎の処分は何かの間違いだ。クラリスもオーギュストも何も悪いことはしていない』と言われても、実際にぼくはクラリス嬢のやったことを見ているし、オーギュスト殿のやったこともマックスが目撃している。言い逃れはできないはずなのに」
心底頭が痛そうに額に手をやったヴィルヘルム殿下に、どんな嘆願書が届いているのかわたくしは知りたくないような気分になっていた。
「学園に入学するころにはクラリス嬢は会心の余地ありと判断されて謹慎が解かれているかもしれないが、オーギュスト殿は年齢が年齢だし、他の貴族の幼い令嬢からも被害の届けが次々と出されていると聞いている。これまで金で何とか黙らせていたのを、アデライド嬢が明らかにしたために被害者が名乗り出ているのだ」
オーギュスト様のやったことは許されることではない。
変態、絶対ダメ!
幼女趣味の変態は断種されるべきです!
わたくしは他にも被害者がいたということが明らかになって、オーギュスト殿にますます許せない思いを抱いていた。
「アデライド、オーギュスト様はもういないかもしれないけれど、絶対に一人になってはいけないよ。アデライドをもう二度とあんな怖い目に遭わせたくないんだ」
優しく言ってくれるお義兄様に、わたくしは素直に頷く。
「会場ではお義兄様のそばにいますし、席を外すときには誰かについてきてもらいます」
学園でもお手洗いに行くときには女子生徒は集団で行動するように言われていた。それがこんな事件があるからかもしれないなんて、前の人生でわたくしは全く考えていなかった。
今後はもっとわたくしの身の安全も考えなければいけない。
繰り返した今回の人生では、クラリス嬢との関係が変わってしまっているために、オーギュスト様に襲われそうになるなど、別の事件が起きてしまっている。
わたくしに前の人生の記憶があっても、あまり役に立ちそうにないのは残念だったが、六歳児の体に十三歳の知識があるのは有効活用していけばお義兄様とクラリス嬢の婚約を解消させて、オーギュスト様も断罪できて、アルシェ公爵夫人も表舞台から退かせることができるかもしれない。
わたくしはやればできる子!
頑張るのよ、アデライド!