わたくしの元にもクラリス嬢から国王陛下にとりなしてくださるようにという手紙が届いていたが、それはアルシェ公爵夫人から国王陛下の元にも届いているようだった。
久しぶりにお義父様とお義母様と夕食を共にしたときにその話が出てきた。
「アルシェ公爵夫人はクラリス嬢とオーギュスト殿の処分が何かの間違いではないかと言って、兄上に処分を解いてくださるように嘆願書を書いているようだ」
「オーギュスト殿に関しては、調べたら自分よりも下位の貴族の令嬢に乱暴を働いて、口止めに金を払っていたと調べがついていますわ。義兄上はこのことを重く見て、オーギュスト殿を長期の謹慎に切り替えたそうです。アデライドと同じようなことを他の令嬢にもしていたのだったら、当然の報いですわ」
「アルシェ公爵家はこのままでは後継者を失うな」
国王陛下のオーギュスト様への処分が重くなっていることにわたくしはほっと胸を撫で下ろしていた。これでオーギュスト様とお茶会で会うことはない。
わたくしはまだ五歳なのでお茶会に招かれることも、ほとんどないのだったが。
季節は夏に移り変わっていた。
短い夏の間にしっかりと太陽の光を浴びられるようにと、わたくしはノースリーブのサマードレスを普段着に身に着けるようになって、お義兄様も半袖のシャツに薄いスラックス姿になっていた。
今日のサマードレスは後ろをリボンで結ぶデザインでとても可愛くわたくしも気に入っていた。
夏になるとお義兄様とわたくしの誕生日がある。
わたくしとお義兄様の誕生日は一週間の間にあるので、二回祝うよりも一度に祝ってしまった方がいいということで、毎年わたくしとお義兄様は一緒にお誕生日を祝っていた。
今年からはわたくしもお茶会にデビューしたのでお義兄様と合同の誕生日のお茶会に出席することができる。
これまでも家族で祝ってくれていたが、お茶会で祝われるというのは嬉しいことなのでわたくしはドレスを新調してもらっていた。
クラリス嬢とお揃いの髪飾りはつけない。
謹慎中でお茶会に出席できないクラリス嬢を気にすることはないのだ。
薄い青の夏用のドレスは、スカートが重苦しくなくて袖も短くて涼しい。ノースリーブのサマードレスと比べたら涼しさは落ちるが、それでも十分涼しいものを誂えてもらった。
お義母様はバルテルミー家の女主人としてお茶会に出すケーキやサンドイッチ、スコーンやジャム、紅茶などを決めている。
何度かわたくしとお義兄様とお茶の時間を共に過ごして、試作品の意見を聞いてくれるお義母様に、わたくしは嬉しくて身を乗り出してしまう。
「お義母様とお茶ができるなんて嬉しいわ」
「アデライドには普段寂しい思いをさせているようですね」
「お義母様、このケーキとっても美味しい!」
「それでは桃のケーキをお茶会には出しましょうか」
話しながらお茶を楽しんでいるわたくしとお義母様をお義兄様は穏やかな顔で見守ってくれている。お義兄様もお義母様と話したいのではないかと視線を向けるが、お義兄様は特にお義母様に話しかけたりしなかった。
「クラリス嬢の件ですが、謹慎中なのでお招きはしていません。マクシミリアンとアデライドのお誕生日のお茶会を無茶苦茶にされるのは嫌ですからね」
「クラリス嬢の家庭教師を変えてもらうことはできないの?」
「アルシェ家にそこまで介入していいものか悩んでいます。このままではクラリス嬢はマクシミリアンの婚約者には相応しくないのではないかと思っています」
「クラリス嬢は貴族の生活が苦しそうだったわ。自由になりたいのかもしれない」
お義母様の言葉にわたくしも控えめに賛成する。
愛があれば貧しさも平気とか言っていたが、公爵令嬢として贅沢をして暮らしてきたクラリス嬢が平民として暮らしていけるとは思えない。
何か取り柄でもあればいいのだが、貴族としての嗜みも身に付いていないような状況では、平民として仕事に就くことも難しいだろう。仕事につけたとしてもその仕事をやり遂げられるだけの精神力があるとも思えない。
「そういえば、アデライド、マクシミリアン、今回のお誕生日には辺境伯家から従兄弟たちが来ますよ」
「エタンと二コラとマノンに会えるのかな。アデライドは初めて会うよね」
「はい、わたくし辺境伯家の従兄弟とはお会いしたことがないわ」
「長男がエタンで十歳、次男と長女が双子で、二コラとマノン、七歳です」
「わたくしの従兄弟……」
「形式ばらなくて、従兄弟同士なので楽に話していいですからね」
従兄弟同士だから、様付けではなくエタンお兄様、二コラお兄様、マノンお姉様と呼ばせてもらっていた記憶が蘇る。辺境伯家は大事な軍事拠点を預かる領地なので、地位は公爵家と同じように扱われている。義叔父様も軍人で、辺境伯領の軍の最高司令官になっていると前の人生で知っているので、わたくしは会うのが楽しみだった。
お茶会の準備は着々と整っていく。
お義母様はお茶菓子とお茶を決めたようだし、子どもたちの小さなお茶会には従兄弟たちだけでなくヴィルヘルム殿下とダヴィド殿下も参加すると決まっていた。
ダヴィド殿下は前回のお茶会ですっかりとお義兄様とわたくしを気に入ったご様子だった。
「アデライドにはお誕生日お祝いにリボン刺繍のパーティーバッグを用意しました。刺繍はわたくしがしたのですよ」
「お義母様がしてくださったの? 嬉しい。大事に使うわ」
色とりどりのリボンで刺繍された小さなパーティーバッグにはハンカチと少しのものしか入らないが、お茶会に参加するときにはとても役に立ちそうだ。
わたくしも貴族の令嬢の嗜みとして刺繍を習っているのだが、まだまだ手が小さくて針が上手に刺せなくてうまくできない。十三歳の時点ではもう少し上達していたのでこれから成長していけるだろうと期待していた。
お茶会は貴族の紳士淑女にとって自分たちの振る舞いを見せる戦場でもある。
クラリス嬢のような失敗はしないように。
お茶会には下調べも必要になる。
幸いわたくしは十三歳までの記憶があるので、招待客が誰なのか顔と名前を合致させる必要がなくて安心だった。
辺境伯家の義叔父様のお名前はジョルジュ・ルーベル。義叔母様のお名前はオリアーヌ・ルーベル。オリアーヌ義叔母様が侯爵家から辺境伯家に嫁いできたのだ。お二人は十五歳の社交界デビューのパーティーで出会い、婚約したと聞いている。
長男のエタンお兄様がお義兄様と同じ年なのは、お義母様が結婚してからしばらく子どもができなかったからだと言われている。
やっとできたお義兄様を産んだらお義母様は次の子どもは諦めるように言われたのだ。大変つらかっただろう。
それでもわたくしを実の子どものように可愛がってくださるお義父様とお義母様。
わたくしはお義父様とお義母様に恩返しをしなければいけない。
お義兄様が未来で殺されるようなことは絶対に避けなければいけないのだ。
お義兄様はわたくしが守ります!
オーギュスト様とクラリス嬢はしっかりと貴族社会から遠ざけなければいけない。
その上で、恨みを買わないようにして、お義兄様が殺されるようなことがないようにしなければ。
恨みを買ってしまえば、お義兄様はまた前の人生と同じく毒を盛られて殺されてしまうかもしれない。
逆恨みも甚だしいのだが、常識的な判断ができないアルシェ公爵夫人の行動を考えると、警戒を強めなければならないだろう。
わたくしは確信していた。
前の人生でお義兄様を毒殺したのはアルシェ公爵夫人かその手先に違いない。
あのような奇行に走るアルシェ公爵夫人は、逆恨みしたらそれくらいのことはやりかねない。
本当の敵はアルシェ家の公爵夫人なのかもしれない。
強大な敵にわたくしはどうやって立ち向かえばいいのだろう。
お義父様とお義母様の助けが必要だし、国王陛下の助けも必要になってくるかもしれない。
アルシェ公爵夫人の奇行に関してアルシェ公爵はどう考えているのか。
それも知りたい気がしていた。