クラリス嬢との手紙のやり取りは続きつつ、順調にクラリス嬢はお義父様とお義母様とお義兄様の信頼を失ってきていた。
最近は手紙を見たお義父様とお義母様がアルシェ公爵家に苦言を呈するようになってきているのだ。
「クラリス嬢の家庭教師も公爵夫妻の教育も信じられない」
「アルシェ家に手紙を書きましょう。このままマクシミリアンの婚約者にしておくわけにはいきませんわ」
危機感を持ってクラリス嬢を見始めているというのは、五歳に戻る前の人生とは変わってきているのではないだろうか。五歳のときの記憶がはっきりあるわけではないが、わたくしが五歳のときにはクラリス嬢はこんなことを言われていなかった気がする。
「アルシェ家との婚約に関しても、わたしは乗り気ではなかったのだ」
「あなたは王弟殿下ですものね。バルテルミー公爵家とアルシェ公爵家が結び付くのは権力のバランスを崩すのでよくないと仰っていましたものね」
「兄上からの命がなければ受けなかったものを」
「そうすれば、わたくしたちが可愛いアデライドを養子にしたときに、マクシミリアンと婚約させることもできたのです。権力のバランスは崩れず、アデライドは他家に嫁ぐことなくずっと我が家にいてくれる。アデライドが我が家と釣り合う家に嫁いでも権力のバランスは崩れるし、アデライドが我が家からいなくなるなんて考えられなかったから、それでよかったのに」
朝食の家族だけの席で吐き出された本音にわたくしの目が光る。
今、わたくしとお義兄様を婚約させようと仰いましたね?
わたくし、お義父様とお義母様の中では、れっきとしたお義兄様の婚約者候補だったのですね!
クラリス嬢の方が先に婚約をしていただけで、わたくしはお義兄様の婚約者候補だった。そのことが分かるとわたくしは俄然やる気になる。
お義兄様とクラリス嬢の婚約を解消させたら、わたくしはお義父様とお義母様に歓迎されてお義兄様と婚約することができるのではないでしょうか。
バルテルミー家のお義父様は王弟が侯爵になったので非常に権力を持っている。その権力で国のバランスを崩さないために、お義父様もお義母様も元からアルシェ公爵家のクラリス嬢とお義兄様を婚約させる気はなかった。
それがアルシェ公爵夫人によって強引に婚約が結ばれてしまったので、仕方なくお受けしたのだが、クラリス嬢の公爵令嬢として恥ずかしい行動を見て婚約を考え直すところまで来ていた。
これは作戦会議だ。
ここまで分かっていたら、わたくしだけでなくお義兄様の協力も得られるかもしれない。
わたくしは午後のお茶の時間にお義兄様に提案してみた。
「わたくし、クラリスお姉様と手紙のやり取りをしているのですが、クラリスお姉様は貴族の生き方が自分には不向きとお考えなのでは? そういう方だと公爵夫人はお辛いのではないかしら……」
「アデリーに心配をかけさせるなんてクラリス嬢は何をやっているんだ。五歳も年上なんだから、公爵令嬢としての見本をアデリーに見せてほしいものだ」
「お義兄様は、クラリスお姉様との婚約を納得しているの?」
無邪気を装って問いかけると、お義兄様の眉間に深い皴が寄る。本当のことを言っていいのか苦悩している顔だ。
「正直に言うと、クラリス嬢は我がバルテルミー家に相応しいとは思えないんだ」
お義兄様から核心的な言葉をいただきましたー!
クラリス嬢との婚約解消に向けて突き進むのですわー!
「朝、お義母様が言っていたこと、わたくし、聞こえてしまったのだけれど、お義兄様も聞いていた?」
「聞いていたよ。アルシェ家との婚約は、お父様とお母様の本意ではなかった件だね」
「わたくし、お義兄様と婚約して結婚できるなら、とても嬉しいのだけれど、お義兄様は?」
「え、アデリー、その話? わたしは当然アデリーが可愛いし、一緒にいると幸せな気分になるけれど、アデリーに婚約は早すぎる……いや、わたしならいいのか?」
相手が自分だと考えるとお義兄様は真顔になっている。
これはお義兄様の協力を仰ぐときが来たのかもしれない。
「お義兄様、アルシェ家はクラリスお姉様は公爵令嬢としての教育をどうお考えなのかしら。今のままではクラリスお姉様を将来の義姉と思えないわ」
「クラリス嬢にも困ったものだ」
「お義兄様、わたくしと力を合わせてクラリス嬢との婚約を白紙に戻す方法を一緒に考えない? お義父様もお義母様もそれを望んでいると思うわ」
やはり五歳のわたくし一人ではクラリス嬢の婚約解消をスムーズに運ぶのは難しい。
お義兄様という共犯者を得れば、わたくしの企みもうまくいくのではないだろうか。
「アデリー、そんなことを考えていたの?」
「公爵令嬢としての暮らしを窮屈に思っているクラリスお姉様がバルテルミー家に嫁いできても、きっと不幸になるだけだわ」
お義兄様も、クラリス嬢も。
わたくしが言えば、お義兄様も難しい顔をして考え込んでいる。
「その通りかもしれない。アデリーがわたしのためにクラリス嬢との婚約を白紙に戻すことについてこんなにも真剣に考えてくれているとは思わなかった。わたしもこのままではよくないと思っていた」
「それでは、お義父様とお義母様が婚約を白紙に真剣に考え直してくださるような事実を探していきましょう」
小さな手を伸ばすと、お義兄様は大きな手でその手を握ってくれた。
勝手な婚約を結んでしまったアルシェ家に婚約の白紙を突きつけるために、わたくしとお義兄様は協力することになったのだ。
「それにしても、アデリーは五歳とは思えないような考え方をするようになったのだね」
「わたくし、色んなことを考えるようになったの。公爵家のこと、お義兄様のこと、お義父様とお義母様のこと。みんなが幸せになるためにはどうすればいいのか、わたくし、よく考えてみたのよ」
共犯者となったのだから、お義兄様とわたくしはこれから協力してクラリス嬢が公爵令嬢としての教育に失敗して、バルテルミー家に相応しくないことを実証していかなければいけないのだ。
「お義兄様、またわたくし、クラリスお姉様……いいえ、もうお姉様なんて呼べないわ。クラリス嬢と会えないかしら?」
「クラリス嬢の行動を監視するんだね。そういえば、ヴィルヘルム殿下がお茶会を開くと言っていたな」
「ヴィルヘルム殿下のお茶会にわたくしも招かれるでしょうか?」
ヴィルヘルム殿下は弟君のダヴィド殿下も参加すると言っていた。ダヴィド殿下はわたくしの一つ年上で六歳だから、五歳のわたくしがお茶会に招かれてもおかしくはないはずだ。
王宮のお茶会になどわたくしは初めて行く。
「お義兄様、王宮のお茶会にわたくし、どんなドレスを着ていけばいいのでしょう。髪飾りはクラリス嬢から送ってきたものをつけようと思うの」
「クラリス嬢がくれたのならば、一緒にお茶会に出るときに付けるのは礼儀だね」
「空色の薔薇……きれいなのだけれど、これに合うドレスと言えば、前に着たものが一番だし、迷ってしまうわ」
同じドレスを何度もお茶会で身に着けるのは、他のドレスを持っていないのではないかという嫌味を言われる可能性がある。五歳なのだからそのドレスが気に入っていると主張しても、同じドレスでお茶会に参加するのは厳しいだろう。
「前回のドレスはアデリーが選んだのかな?」
「お義母様が、わたくしの初めてのお茶会のために選んでくださったの」
「わたしは女性のドレスのことはよく分からないけれど、それなら、お母様に相談してみるといいよ。空色の髪飾りだから、ドレスも必ず空色に合わせることはない」
お義兄様にそう言ってもらえるとわたくしも安心する。
「お義母様に相談してみるわ」
紅茶を飲み干して、口の中をすっきりさせると、わたくしは明日の朝食のときにでもお義母様に相談してみようと考えていた。