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2.わたくしの計画

 お義兄様と手を繋いで食堂に行くと、お義父様とお義母様が揃っていた。普段は夕食は大人と子どもで時間が違うのだが、今日は合わせてくださったようだ。

 お義父様もお義母様もわたくしを心配そうに見詰めていた。


「マクシミリアンから話は聞いた。アデライド、もう少し大きくなったら話そうと思っていたことなんだ」

「内緒にしていたわけではないのです、アデライド。お父様とも話し合って、アデライドがショックを受けないように少しずつ話していくつもりだったのです」

「お義父様、お義母様……」


 ここから先の話はわたくしもしっかりと覚えているが、お義父様とお義母様は愛情深い表情でわたくしを見詰めて語ってくれた。


 わたくしの両親は、お義父様の遠縁の貴族で、わたくしが生まれてすぐに移動中に馬車が事故を起こして亡くなってしまったこと。わたくしの実の父親と学園時代に同級生で学友だったお義父様は、すぐに駆け付けて、屋敷に残されていたわたくしを保護して、他に親戚のいない両親のために葬式も出してくれた。

 たった一人で貴族の屋敷に残されていたわたくしを放っておけなくて、家を継がせるにはわたくしは本当に生まれたばかりの赤ん坊で無理だったので、お義父様とお義母様はわたくしを養子にすることに決めたのだ。


「わたくしはマクシミリアンを産んでから医者に次の子どもは望めないと言われました。そのことがとてもつらかったのです。アデライドを見た瞬間、わたくしはこの子は神様がわたくしの元に授けてくださったのだと感謝したのです」

「アデライドは遠縁で血も繋がっているし、わたしたちの大事な娘であることには変わりない。アデライドのことをわたしもエステルも愛しているよ」


 真剣に五歳のわたくしに語り掛けてくれるお義父様とお義母様に、わたくしはあのとき泣いていたような記憶があるので、目元を押さえて微笑む。


「お義父様とお義母様のお気持ちはよく分かりました。わたくしも、お義父様とお義母様のことを本当の両親だと思っております」

「アデライド……」

「急に大人のようになって」


 あ、いけなかった。

 わたくしはまだ五歳なのだった。十三歳のわたくしが中にいるのでついつい敬語で話してしまう。


「アデリーの心の変化がそうさせたのかもしれません」


 お義兄様がすかさずわたくしのフォローに入ってくださる。わたくしには本当に優しいお義兄様なのだ。


「それにしても、あのメイドたちのことは許せません。アデリーに酷い嘘を聞かせた二人に関しては処分をお願いします」

「アデライドを根拠のないことで傷つけたことは許されないね」

「その二人に関してはしっかりと処分をします」


 わたくしに噂を聞かせたメイドの話になると、お義兄様の周囲の温度が下がるような気がする。それだけお義兄様がメイドたちに怒りを抱いている証拠だった。


 お義兄様はわたくしをこんなに愛してくださっている。

 お義兄様だけはわたくしのアデライドという名前を、アデリーと愛称で呼んでくれる。わたくしはお義兄様にアデリーと呼ばれるのが大好きだった。


「それでは食事にしようか」


 お義父様が祈りの言葉を捧げて、わたくしとお義兄様とお義母様も手を組んで祈り、食事を開始する。運ばれてくる料理は全部食べなくてもいいのだが、どれも美味しくてついつい食べ過ぎてしまう。

 五歳の小さな手ではナイフやフォークが扱いにくくて、危なっかしくなってしまうのだが、それでも何とかマナー通りに食べていると、お義兄様とお義母様とお義父様の視線がわたくしに向いていた。


「アデライド、そのナイフとフォークの持ち方は?」


 わたくしは五歳のときにはこんなに上手にマナー通りにナイフとフォークを扱えていなかったかもしれない。そのことに気付いて、わたくしは慌てる。


「お義兄様にはできるので、わたくし、お義兄様を尊敬して真似してみたの」

「先程の喋り方といい、アデライドはすっかり立派になった気がするな」

「それにとても可愛らしいこと。わたくしの自慢の娘ですわ」


 お義父様とお義母様は夫婦仲がよく、わたくしは養子だということを五歳のときに聞かされてそのときにはショックを受けたのだが、すぐにお義父様とお義母様とお義兄様の愛情に包まれて立ち直ったのを覚えている。

 それ以降もお義父様とお義母様とお義兄様の愛情はずっと変わらなかった。


 わたくし、お義兄様の実の妹じゃなくてよかった。

 実の妹だったらわたくしがお義兄様と結婚してお義兄様を幸せにするなんてこと考えられなかった。


「お義兄様、大好き」

「わたしもアデリーが大好きだよ」


 わたくしやお義父様やお義母様しか分からないくらいにささやかに微笑むお義兄様に、わたくしも微笑み返す。

 夕食が終わるとわたくしは乳母のバズレールさんにお風呂に入れてもらって、髪を丁寧にタオルで乾かしてもらって、歯磨きも済ませてベッドに入った。

 バズレールさんはお義兄様の乳母だったのだが、わたくしがバルテルミー家に引き取られたときに、わたくしがあまりにも小さかったので、乳母になることを申し出てくれたのだ。本来ならばお義兄様とわたくしで別々の乳母を雇うはずが、お義兄様はとても優秀で物分かりがよく、わたくしが引き取られたときには大人顔負けの頭脳を持っていると家庭教師たちに言われていたので、バズレールさんは新しい乳母を探すよりも自分がわたくしの乳母になる方が相応しいと申し出てくれたのだという。


「アデライドお嬢様、今日は大変だったでしょう。ゆっくり休んでくださいませ」

「お休みなさい、バズレールさん」

「明日もいつもの時間に起こしに参りますね」


 灯りを消してバズレールさんが部屋を出て行った後、静かにベッドの中でわたくしは考えていた。

 公爵家同士の婚約は国の一大事業で、個人の意思で解消できるようなものではない。特にお義父様は現国王の王弟で公爵の地位をいただいているので、バルテルミー家は王族なのだ。王族と公爵家との繋がりを作るための結婚を簡単に破棄できるなどという甘い考えを持ってはいけない。

 それがクラリス嬢には分かっていなかった。

 貴族としての資質を問われることになるクラリス嬢を教育してジャンに心が向かなくするよりも、バルテルミー家の方から婚約を破棄して、穏便に済ませた方がいい。クラリス嬢が下手に動くとまたアルシェ公爵家に恨まれて、お義兄様は毒殺されてしまうかもしれない。

 クラリス嬢の動きを把握しておくためには、まず、クラリス嬢を油断させて懐に入る必要がある。懐に入った後で、クラリス嬢とジャンのやり取りの証拠を押さえて、バルテルミー家から婚約の解消を言い出し、円満に婚約は解消されなければいけない。そうでないとお義兄様は逆恨みされて殺されてしまうのだ。

 その後でわたくしがお義兄様の婚約者になれば何の問題もない。


 クラリス嬢はどこの誰とでもお幸せに。

 わたくしは大好きなお義兄様を幸せにします。


 計画の大筋は立ったので、わたくしは眠気に身を任す。五歳の小さな体は夜更かしには耐えられず、すぐに眠くなって眠ってしまった。


 朝になるとバズレールさんがわたくしを起こしに来た。


「アデライドお嬢様、おはようございます。ご気分はいかがですか?」

「とても元気よ、バズレールさん。わたくし、朝のお散歩が終わったら、家庭教師に文字を習いたいのだけれど」

「お勉強をする気になられたのですか。奥様と旦那様にご相談しましょうね」


 それまでも家庭教師はついてくれていたのだが、わたくしはあまり勉強が好きではなかった。どんなに頑張ってもお義兄様のようにはなれないし、家庭教師たちがわたくしとお義兄様を比べるのが嫌だったのだ。

 それも全部五歳だったころのわたくしのこと。わたくしは十三歳まで生きた記憶があって、読み書きも問題なくできるはずなのだ。五歳のころは嫌がっていたけれども、わたくしも学園に入学する十二歳までには年頃の女の子と同じくらいの学力に追い付いていた。


 夕食はお義父様とお義母様と時間が違うので別々に食べることが多いけれど、朝食は一かで揃って食べる。新鮮な野菜のサラダとスクランブルエッグと焼いた厚切りのハム、パンとスープにデザートの果物までついている朝食は、わたくしには少し量が多かったので、食べられるだけ食べる。サラダも半分以上食べたわたくしに、お義兄様もお義父様もお義母様も驚いている。


「生野菜は嫌いだと言っていたのに食べられるようになったんだね」

「半分だけでもよく頑張りました」

「アデリー、よく食べたね」


 そういえばわたくしは小さいころ生野菜が苦手だった。新鮮なレタスに虫がついていたことがあって、それ以来怖くて口にできなかったのだ。虫がついていたレタスを出した料理長は叱責を受けて、それ以降虫が付いているようなことはなくなったのだが、十歳を超すくらいまでわたくしは生野菜が食べられなかった。


「ずっと嫌がっていたのにこんなに頑張れるなんてすごいな、アデライド」

「昨日からアデライドが急にお姉さんになったようでわたくしは胸がいっぱいです」

「アデリー、偉いよ」


 サラダを半分食べただけなのに絶賛されるわたくし、五歳。わたくしってものすごく愛されているんじゃないだろうか。

 二度目の五歳児のわたくしは、自分が愛されていることを実感していた。


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