目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
5. 妹の初恋

それはつい先日、妹が専門学校に入学して数日後のこと。


[お兄、うち一目ぼれした]

[なんと]

[学校の先輩なんやけど一目見た瞬間ビビッと来たんよ]

[電波が?]

[この人が運命の人やなって]


妹がボケに突っ込まないなんてよほどのことだ。

本当に一目ぼれなんだろう。

今まで妹が誰かを好きになったという話は聞かなかった。

彼氏についても向こうから告白してきたから付き合っただけで、

特段好意は持っていないと言っていたはずだ。

つまり妹にとって初恋。

チクリと胸を刺す痛みを無視して祝福する。


[よかったじゃないか]

[でも全然振り向いてもらえへんのよ]

[妹が好きになったなら全力で押せ、いっそ押し倒せ]

[過激すぎるわ]

[うちの可愛い妹に迫られて落ちない男はいない]

[妹の成長した姿見たことないやん]

[美人に育ってるに決まってるだろ]

[お兄……] 嫌やわぁって感じのスタンプ連打

[画面がスタンプで埋まったんだけど?]

[妹からの愛でいっぱいやな]

[とりあえず妹の愛はその男に伝えるべきだな]

[付き合ってほしいってもう伝えたんやけど]

[行動が早いな]

[幸運の女神には前髪しかないって言うやろ]


妹は興奮すると一気に突っ走る。

きっとその男もいきなり迫られて困惑したんだろう。


[妹みたいな美人がいきなりそんなこと言ったら動揺するぞ]

[え、どうしよう]

[下ネタでも言って会話しやすい雰囲気を出してみたら?]

[えー、そんなんアホの子っぽーない?]

[美人すぎると近寄りづらいからな、多少馬鹿っぽさがある方がいい]

[なるほど、緩急が大事ってことやな]

[あと相手のテンションも上げさせるのが大事だな]

[どうやるん?]

[自分のことばかり話さずに、相手が話したことを盛り上げるんだ]

[やってみる]


相変わらず素直で可愛い妹だ。

その妹の想いが別の男に向いているのは少し寂しいけど、

妹が初めて好きになった人だし全力で応援することにしよう。


・・・


[お兄、全然駄目や]

[反応は?]

[下ネタも頑張ってみたんやけどどうも反応が鈍いねんな]

[そうか]


男の好みではなかったか。

とはいえ身長が高くてスタイル良くてクール系の美人だと、

完璧すぎて男からすれば気後れする。

少しぐらい欠点を見せたほうがいい。


[もう少し賢い感じにしてみたら反応よかった]

[会話出来るようになったなら反応を見て相手に合わせるといい]

[そういうものなん?]

[下ネタはあくまでとっかかりだからな、相手が好む路線で話してあげるといいぞ]

[頑張る]


会話できるようになったか、

まずは第一歩を踏み出せた感じだな。

それにしても妹からのアプローチを断るなんて舐めた男だ。

……もしかして美人すぎて気おくれしてるのか?

それなら気持ちは分かる。

でもなんとか上手くいってほしいものだ。

そして出来れば妹の支えになってほしい。

俺では近くで支えることが出来ないから。


・・・


そして俺の方もいろいろ考えることがある。

彼女の攻勢は留まるところを知らず、

毎日飽きもせず俺の所にやってくる。


「先輩、私のことは鈴奈って呼んでください」

「なんで呼び捨てなんだよ」

「先輩だから当然では?」

「普通は苗字呼びだろ」

「いや、オレは名前で呼ぶぞ」

「彰人は黙ってろ」


彰人が頻繁に茶々入れてくる。

どうも彼女を応援しているようだ。


「時原」

「鈴奈」

「時原」

「鈴奈」

「時原」

「もう諦めたらどうだ?」

「なんで俺が諦めるんだよ」

「男と女が争いになったら男が引く、これが常識だろ」

「お前の常識、世間の非常識だろ!?」

「いや私も常識だと思いますよ」

「2:1、勝ったな」

「いつから常識は多数決になったんだよ!?」

「昔からそうだろ」

「常識というのは一般の社会人が共通にもつ普通の考えのことですから多数決になるのも当然かと」


無駄に息の合ったコンビネーション見せやがって。

お前らの方がよっぽどお似合いじゃねぇか。


「はい、じゃあ先輩、繰り返して下さい、鈴奈」

「……」

「す・ず・な」

「……すずな」

「はい、良く出来ました」


頭を撫でられた。

鈴奈の方が身長が高いせいで、

まるで子ども扱いされた気分になる。


「やめろ」

「先輩の髪の毛ちょっとべとついてますね」

「和馬は髪の毛のケアしてないからな」

「そんなの男がすることじゃないだろ!?」

「するだろ」

「するでしょう」

「お前ら……」

「もしかして先輩は実家住みですか?」

「……一人暮らしだよ」

「あ、それならご飯作りに行ってもいいですか?」

「なんでだよ」

「作りたいから?」

「答えになってねぇ!?」

「大丈夫です、髪の毛入れたりしません」

「そんな発想自体なかったわ!?」

「あれってどういう心理なんですかね?」

「知らん」

「一つになりたいとかそんな感じでしょうか」

「そうなんじゃないか」

「む、適当に返事していますね」

「そっちが一方的に話しているだけでは?」


ずっとこの調子で終始俺に話しかけてくる。

どんな対応しようがお構いなしだ。


「先輩は弟か妹いるんですか?」

「なんでそんな事聞くんだ?」

「やけにあしらい方が堂に入っていると思いまして」

「一人っ子だよ」

「嘘つけ、妹ちゃんがいるだろ」

「馬鹿、余計なこと言うな」

「へぇー、妹がいるんですか」

「溺愛してるからな」

「あれぐらい普通だろ」

「いいですね、家族を大事にする人って素敵です」

「鈴奈ちゃんより大事にするかもよ」

「「家族は別格だろ(でしょう)」」

「……そうですか」

「先輩、気が合いますね!! これは恋人になれますよ!!」

「ならねぇよ」

「それで妹さんは可愛いんですか!?」

「なんでそんなにハイテンションなんだよ」

「将来義妹になるわけですし気になります」

「ならねぇよ!?」


なんだかんだあって鈴奈が帰った後。

一気に静かになったせいで何か落ち着かない。

鈴奈がいると終始話しているからな。


「俺はどうしたらいいんだろうな」

「付き合えばいいだろ」

「お前と違って俺は純情なんだよ」

「純情ってあれだけアピールしてきて何が不満なんだ?」


不満なんてものはない。

容姿もスタイルも性格もすべて好みだ。


「なんで俺なのか分からないんだよ」

「別にどうでもいいだろ」

「お前みたいにモテるならそうだろうけどな」


好かれる理由が分からないと怖い。

それは逆に言えば好かれなくなる時も理由が分からないから。

もし鈴奈と付き合って、

ある時突然「好きじゃなくなったので別れます」と言われたら、

きっと立ち直れないだろう。

だから今の関係を維持している方がいいんだ。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?