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3. 兄妹に許されるライン

妹から相談を受けることは多い。

内容はさまざまでたまに変わった相談もある。


[お兄、うち髪伸びてきたんやけど切ったほうがええかな?]


普通に言えば昔一度だけ会った時の記憶しかないのに、

それを聞かれても答えようがない。


[元々伸ばしてたならロングでいいんじゃない?]

[お兄はどう思うか聞いてんねん]


妹は俺がどう考えるかを非常に気にする。

俺の考えを無視して妹の考えに配慮したような答えだと、

こんな感じで突っ込まれる。

ただ今回に関しては想像でしか答えられないので難しい。


[うーん、以前聞いたおさげ姿が見たいかな]

[ちょっと子どもっぽーない?]

[子どもっぽいほうが可愛いと思うぞ]

[まさかお兄はロリコン]

[髪型一つで決めつけんなよ!?]

[そういえば水に濡れてるうちを見て興奮してたよーな]

[してるわけないだろ!?]

[身長伸びておっぱい大きくなったからロリっぽくないねんな]


昔のかすかな記憶では意思の強そうな綺麗系だった。

高身長でスタイル良くなったならまさに美人って感じだろう。


[返事がないってことは想像しとるな]

[してないし]

[まあロングにするのは考えとくわ]

[そうしてくれ]


きっと一緒に考えたり悩んだりしてくれるのが楽しいんだろうな。

……まだ友達が作れていないんだろうか。

いじめが終わったと言っても精神的なダメージが回復するわけではない。

人見知りになってなければいいのだけど。

……どうして俺はこんなに離れた場所にいるんだろう。

もっと近くにいれば支えてあげられるのに。


・・・


妹の中の俺の評価はものすごく高い。

どんな完璧超人だと思うぐらいだ。


[お兄お兄お兄お兄]

[どうした?]

[呼んでみただけ]

[口に出すならともかく書くのは面倒じゃない?]

[めっちゃめんどい]

[なぜやった]

[お兄、なんかネタやって]

[文字でネタとはこれいかに]

[女の子に求められたらやるのがいい男やで]

[わかった、えっと、平均値と中央値は似て非なるものです]

[没]

[まだ出だしだろ!?]

[もっと興味を煽る感じで始めて]

[人類って平均すると玉を1つ持ってるんだ]

[へぇー、その心は?]

[男女比は大体1:1で男は玉を2つ持ってるから]

[ギャグちゃうやん、下ネタやん!!]

[いつギャグだって言ったんだよ!?]

[女子に下ネタとか最低やで]

[男子は下ネタが大好きなんだよ]

[はぁ、お兄は女の子の気持ちわかってへんなぁ]

[分かってたら彼女出来てるよ……]

[え、中学生なのに彼女いてへんの?]

[中学でいる訳ないだろ]

[うちは告白されたからとりあえず付き合ってるで]

[すごいな]


妹に彼氏……、考えただけで胸が締め付けられる。

そういう年頃なんだよな。

俺も彼女が欲しいけど作れる気がしない。

妹は俺が彼女を作っていないだけだと本気で思っているようだけど、

実際は見た目でも頭でも性格でもモテる要素なんてない……。


[まあお兄はいきなりハサミを取り出す不審者やから仕方ないか]

[いろいろ過程を無視するなよ!?]

[過程を聞いても不審者ちゃう?]

[そんなこと……ないよ、多分、おそらく、きっと、メイビー]

[うちじゃなきゃ通報してたで]

[感謝します]

[仕方ないなぁ、お兄は] 笑いのスタンプ連打


本当にあのころは行動力があったな。

今だとそんなこと出来ない。


[まあお兄ならやる気になればいくらでも作れるやん]

[どれだけお兄のスペックを高く見てんだよ]

[だってうちを口説き落とせたんやで、学校では高値の花って言われてるし]

[高嶺の花な]


可愛らしい間違いだが一応訂正はしておく。

俺の可愛い妹に値段なんてつけられない。


[もっと自信持ってえーと思う]

[なかなか難しいんだよ]


とりあえずそう答えはしたけど、

妹は実際の俺を知らないから言えるんだよ……。


・・・


妹は意味が分からないまま言われた通りにするのが嫌いなタイプだ。

自分なりに理解してからじゃないとやらない。

きっと周りからは扱いづらい相手だと思われているだろう。

ただ家族に対しては大分異なる。


[高校行く意味ってなんやろ?]

[行った方がいい]

[先生とかもそーいうけど、どうせ働くなら早い方がいいんちゃう?]

[選べる選択肢は多いにこしたことはない]

[よーわからへんな]

[分からないならお兄の言うこと聞いておくと良いぞ]

[そうするー]


多分他の人が見たらびっくりするんじゃないかと思うぐらい、

家族の言うことだと物分かりが良い。

どうも"家族の言葉"に絶大な信頼を置いているらしく、

ほぼ無条件で言うことを聞くようだ。

なので家族の責任は重大だ。


[ところで妹よ、友達は出来たかい?]

[なんや藪から棒に]

[お兄としては気になります]

[ぼちぼちやな]

[悩み話せるぐらいの相手?]

[それは無理や]

[前言ってた彼氏だったらいける?]

[無理やな]

[そうか、友達でも彼氏でもいいけど妹の隣で支えてくれる人がいてほしい]

[お兄がいるやん]

[物理的に距離があるだろ]


LINEからでは妹が泣いているかすら分からない。

俺と妹の間に引かれているラインは非常に強固で、

近寄ることすらままならないんだ……。


[人のことばっかり言ってお兄はどうなんや]

[友達ならいるぞ]

[彼女は?]

[別に彼女なんていなくても困らない]

[もしかして ど う て い?]

[なんでロマサガ風なんだよ]

[お兄、高校生でそれはいかんで]

[統計的には高校生で童貞は珍しくない]

[うちの周り全員経験済みやで]

[mjskマジすか]

[mjsyマジすよ]

[女性は早いって聞くけどなぁ]

[まあ痛いだけであんまり気持ちよーないけどな]

[まさか 経 験 済?]

[それ、漢字にしたらニュアンス変わらへん?]

[え、ちょっと動揺が]

[彼氏いるってゆーたやん]

[そうだけど]

[お兄も早く彼女作りなよ]

[作れたら苦労しないって昔から言ってるだろ]

[声かければえーやん]

[それが出来れば苦労しない]

[うちの時は出来たのに]

[あれは子どものころだからなぁ]

[お兄が真剣になれば女なんてすぐ股開くと思うで]

[女の子が股開くとか言っちゃいけません]

[それは女の子に幻想持ちすぎやでー] 笑いのスタンプ連打


平常心に戻る前にチャットは終了した。

そうか、もう経験済みなのか。

胸をチクチク刺す痛みがある。


彼女を妹と呼んでもう何年になるだろうか。

出会った頃はただの友達という意識だった。

そこから妹と呼ぶようになってもしばらくは変化がなく、

中学に入った辺りぐらいから徐々に妹を一人の女として意識するようになってきた。

でも俺達の兄妹という関係はLINE上でのことで、

明確にラインが引かれている。

事実、俺は彼女の名前も現在の顔も知らない。

それを乗り越えようとすればきっと困惑するだろう。

それに彼女は俺をかなり高く見積もっている。

もし実際の俺を知れば彼女は幻滅するかもしれない。

もう「お兄」とも呼んでもらえなくなるかもしれない。

だからこの気持ちは伝えることが出来なかった。


・・・


そして妹が高校3年の夏。

年齢的に仕方ないことだが懸念していたことが起きた。


[お兄、お祖母ちゃんが……]

[そうか……]

[うん……]

[大丈夫か?]

[周りがいろいろやってくれたから……]


お祖母ちゃんが亡くなった。

大往生だったらしい。

親類縁者は存在しないので、妹は正真正銘一人となってしまった。

幸いもう成人扱いなので施設に行くとかはないらしい。


[お兄、お兄はどこにもいかないよね?]

[いかないぞ]

[そうなったら、うち……、うち……]


頼る人がいないというのはかなりきつい。

それがまだ学生の女の子というならなおさらだ。

頼れる人を作ってほしかったが、

結局彼氏も友達もそのレベルに達しなかったのだろう。


[何か困ったらすぐお兄に言うんだぞ]

[うん、お兄大好き]


大好きという文字を見て胸が苦しくなる。

男性としての想いは封印しないといけない。

妹は寂しがり屋の甘えたがりだ。

今まではお祖母ちゃんがいたけど、

これから俺だけになる。

もしここで俺が男性としての想いを出してしまったら、

望むと望まざるに拘わらず妹は受けるだろう。

妹にそんな思いをさせる訳にはいかない。

あくまで兄として支えるんだ。


・・・


妹は高校卒業後に美容師の専門学校に進学することになった。

かなり厳しい道だから何度か止めたけど決意は固く、

[お兄と同じ道を目指す]と言われた時は不覚にも涙が出た。

どこの学校かは教えてくれなかったけど実家からは離れるらしい。

思い出が多すぎてつらいから、と。


そして妹の入学式の後、事態は大きく動き出した。

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