それから半年が過ぎた。
すっかり妹とのLINEが日常的になり毎日夜はチャットしていた。
[水泳の授業って嫌やわ]
[ああ、女の子はそうかもね]
[男子だって嫌ちゃうの?]
[男子はあんまりそういうのないな]
[股間の大きさがどうとか言われたりせえへんの?]
[しないな]
[ええなぁ、女子は大きいだの小さいだのすぐ言われるんよ]
[まあ男子はそういうのに興味ある時期だし]
[ん? 違うで、女子に言われるんやで]
[え、同性間で言われるの?]
[むしろ同性間で言われるから嫌なんよ]
[へぇ]
[それに比べたら男子が言うのなんてただの下ネタやな]
[結局男子も言ってるのかよ]
[あ、そういえば、お兄、やっといじめ終わった]
[なぜそこで思い出したのかは聞かないけど、すごいな妹]
[お兄が言うように先生巻き込んで警察も呼んだった]
[よくいじめで警察動いたね]
[証拠の動画とかいろいろ集めたんよ]
[妹は大丈夫なの?]
[もう慣れたから特には]
[お兄には遠慮しなくていいんだよ]
[いや、ほんと、お兄に会う前からずっとやったし]
[思った以上に過酷な環境で生きていたことにびっくりだよ]
[でももう終わったから大丈夫なんよ]
ずっと一人で耐えてきたなんて大変だっただろうに。
そばに居てあげられないことが悔しい。
[何かあったらお兄に言うんだぞ、言葉にするだけでも気持ちが楽になるから]
[ありがと、ところでそろそろうちの誕生日やねん]
[そうなのか]
[誕生日プレゼント頂戴] お願いスタンプ連打
[スタンプ攻撃はやめるんだ]
[お兄がップレゼントをくれるまで連打するのをやめないッ!]
[ジョナサンーー]
相変わらず冗談ぽく締める終わり方。
俺がプレゼントしなくても気まずくならないようにしているのだろう。
それぐらいは理解できたこそ、
今回はちゃんとした良いものを送りたい。
悩んだ末に決めたのは、
ちょっと間の抜けた感じの招き猫のぬいぐるみ。
招き猫で陶器ではなくぬいぐるみなのが珍しい。
それをLINEギフトで送る。
住所も名前も知らなくても送れるのが便利だ。
後日。
[お兄からもらったぬいぐるみかわいい]
[それはよかった]
[お兄そっくりで気に入ったんよ]
[そんなに間の抜けた顔してたっけ!?]
[天国に行ったお兄の代わりだと思って大事にするわ]
[死んでないから!?]
[え、お兄、死んだことに気づいてないんか?]
[馬鹿なここは天国だったのか]
[お兄は妹の守護霊になったんよ]
[そうだったのか]
[だからもう一個うちの代わりのぬいぐるみ頂戴]
[そうかそうか、ってなんでやねん!!]
[あかんなぁ、もっとノリツッコミ勉強せな]
[俺関西人じゃないんで]
[あ、お兄が俺とか使ってる、生意気]
[中学生になったんだから僕とか恥ずかしいだろ]
[えー、かわいいと思うんやけど]
[男にかわいいは誉め言葉じゃないから]
チャットはここで終了した。
それにしても妹が喜んでいて本当によかった。
今までは妹が欲しがるものしか送ったことがないので、
自分で選んだもので喜んでもらえるか不安だったから。
で、妹らしいぬいぐるみが欲しいってことだったな。
何か良いものはないかと探していると、
同じメーカーのぬいぐるみでピンとくるものがあった。
どことなくいたずらな感じの笑顔の招き猫。
実際の妹の顔はもううっすらとしか思い出せていないけど、
想像上の妹の笑顔にそっくりだ。
上げている手も逆なので招くものも違うから丁度いい。
(※注 招き猫は右手と左手で招くものが違う)
後日。
二つ並んで棚に飾られている写真だけが送られてきた。
手作りっぽい服が着せられて、
二つのぬいぐるみをつなぐようにネームプレートがぶら下がっている。
そこには"お兄とうち"と書かれていた。
上げている手が触れあうように置いていて、
まるでハイタッチしているかのようだった。
それを見て胸からこみ上げるものがある。
・・・
妹は日に日に可愛くなっている気がする。
……こんな子が彼女だったら。
そんな風に思う時もある。
とはいえ妹は完全に俺を兄としてみている。
エロネタを絡めてからかってくるのが証拠だろう。
[お兄はおっぱいとお尻どっちが好きなん?]
[なんだその変態みたいな質問は]
[昔うちを見てた時の視線から考えるとおっぱい?]
[あの時変態だったみたいな言い方するなよ!?]
[じゃあどっちなんよ]
[なんでそんなこと気にするんだよ]
[お兄の好みに合わせたい♡]
[頑張っても体は変わらないぞ]
[えー、成長期やから変わると思うんやけどな]
[狙って大きく出来るなら世の女性は苦労してないだろ]
[つまりお兄は大きい方が良い、と]
[言葉の綾だよ!?]
[ならどっちが好きなのかはっきりしてーや]
[……おっぱい]
[ほうほう、つまりお兄は巨乳が好きと]
[大きい方がいいなんて言ってないだろ!?]
[なら小さい方がいい?]
[……そうは言ってない]
[お兄ははっきり言わへんな、京都人の真似してもしゃあないで]
[そもそもなんで妹に性癖言わないといけないんだよ!?]
[妹を性的な目で見るなんて最低やな]
[見てねぇよ!? というか体つきすら知らねぇよ!?]
[体つきを知りたいとかヤラしいな]
[知りたいじゃなくて知らないって言ってんだよ!?]
[お兄、ツッコミが一辺倒になっとる、減点30点]
[何点満点だよ!?]
[そうそう、ツッコミは変化つけていかんと]
[そろそろ文字でツッコむのは疲れたんだけど?]
[えー、もっと妹を構って]
[仕方ないな]
[そうやって相手してくれるお兄が好き]
[好き]。
この文字を見て動揺してしまう。
一度アプリを最小化してチャットを見えないようにする。
落ち着け、きっと家族としての好きなんだ。
男として好きと言っているわけではない。
最近妹からよく[好き]と言われる。
なにか欲しいものがある時の前振りの場合が多いけど、
こうやって会話途中でスッと言われることもある。
今まで女性から好きだなんて言われたことがないので、
どうしても意識してしまう。
[あれ、返事がこない、お兄?]
[ああ、ちょっと別のアプリ見てた]
[妹とのチャットを放り出すなんて許せへんな]
[ちょっと妹のこと考えてた]
[それはちゃんとした意味なのかヘルシェイク矢野的な意味なのか]
[意外と漫画に詳しいな、妹]
[お兄にもお勧め教えてあげよか?]
[是非教えてくれ]
[仕方ないなぁ、お兄は]
なんとか誤魔化せたか。
もし女性として意識していると気づかれたら、
この関係が終わってしまうかもしれない。
そんなのは絶対嫌だ。