ジュスティーヌ・エルビーは男爵家の娘である。
父であるエルビー男爵は一介の商人から成り上がり、爵位を得た。
妻を早くに亡くした彼だが、成り上がれたのは目利きを買われた結果。
どうしても買い付けのために家を長く空けなければならず、男爵は仕方なく未亡人となった貴族夫人を後妻として迎えることにした。
そして男爵はまた、何度目かの長い旅に出た。
そんなある日のこと。
「いいこと? ジュスティーヌ。 私たちが出掛けている間に、この豆をいい豆と悪い豆に選別しておきなさい」
男爵家の後妻となったバートリーは、娘のタマラと共に出掛けるといって小洒落たドレスに身を包み、義理の娘であるジュスティーヌにこう言いつけた。
それにジュスティーヌは──
「はぁっはっはっはっ! お安い御用だ!! ここは私に任せ、買い物を楽しんでくるがいい!」
──と、盛大にドヤる。
ジュスティーヌ、14歳。
家を空けがちな父のため、『強くなりなさい……』と言って亡くなった母の遺言を曲解した彼女は、大分間違って育っていた。
後妻バートリーはジュスティーヌの教育を早々に投げ出していた。
これでも頑張った結果である。
早々に見切りをつけたのは、娘のタマラが『お姉様カッコイイ!』などと
なにしろ彼女には謎のカリスマ性がある。
要らん、そんなん。
……とバートリーは常々思っている。
お茶会に連れていったところ他の子にまで悪影響を及ぼし出したので、もう連れていかないと決めた。
自分の子は、マトモに育てたい。
男爵家の今後のためにも。
そんなわけで、バートリーはまだ娘のタマラがマトモなうちに興味関心を普通の淑女らしさに向けるべく、お茶会や観劇、買い物になど連れ出していた。
ジュスティーヌは一応真面目なので、適当に言い付けをしておけば簡単に撒けるのである。
そんな真面目なジュスティーヌは、キッチンで真面目に悩んでいた。
目の前には大量の、豆。
(いい豆と悪い豆の定義とは……?)
とりあえず、傷んでいる豆は取り除いた。
しかしそれは全体量に対し微々たる数……果たしてこれを『悪い豆』とし、わけたと考えていいものだろうか。
(──否ッ! バートリー義母上はそんな簡単なことをこの私に任せる筈はないッ!)
バートリーは大変淑女であり、曲がったことが嫌い……というのがジュスティーヌの認識である。
実際そういうほうではある。
ちょっとジュスティーヌは手に余っちゃっただけで。
(これには、なんらかの意味があるに違いない……)
ない意味合いを考え出すジュスティーヌ。
とりあえずサイズ毎に黙々とわけていくことにした。
淡々とした作業──そこに生まれし静謐な空間。やがて訪れる、無我の境地。
(──はっ?!)
気付けば豆は、美しく仕分けされていた。
「あれ?! 今日のスープ、とても美味しいわ!」
「ふふ……そうだろう義妹よ。 これも全て義母上の教えの為せる技……」
バートリーはその台詞に豆のスープを吹きそうになったが、淑女力でなんとかそれを
「豆の大きさを揃えることにより、鍋で煮るタイミングを微妙に変えることができ、より均一に火を通すことが可能になった……」
「まあ! 豆の大きさを揃えたのですか?! 大変だったでしょう」
「だがそれこそが義母上が私に教えようとしていたことだ!」
タマラは「ええ?!」と驚いた声を上げてバートリーを見た。
バートリーは遠い目をしているが、それがすごくなんかを悟った師匠っぽく見える不思議。
「義妹よ……それは人と人との繋がりに通じるものであり、スープに限ったことに非ず! 我が男爵家に領地はないが、貴族の一員として民や国に向き合う心構えを私は学んだのだ……豆の仕分けによって!」
「豆の仕分けにそんな深い意味が……!」
「ふっ……そうだろうとも。 安易に答えの出る方法を選ばず、行動を以て己に問わせる……流石は義母上としか言い様がない」
尊敬に満ち満ちたジュスティーヌの瞳。
居た堪れないバートリーは、スープを一口飲んでこう言った。
「本当に美味しいわ……(涙目)」
それにジュスティーヌは感激し、タマラもそれを見て感激する。
「くっ……! お義姉様に何故豆の仕分けなんて……と思っていた自分が恥ずかしいですわ!! お母様! 私にも何かありませんの?!」
「タマラとジュスティーヌは違うのよ! (せめて)貴女は淑女らしくあることが男爵家のためなのです!!」
(せめて)の部分を辛うじて口にしなかったバートリーは正しい。
そして一切、嘘は言っていない。
後妻バートリーは男爵とあまり交流がなく、そこには勿論愛もない。
お互いの事情から引き合わされた、貴族にありがちな再婚である。
バートリーは娘との安定した生活を。
男爵は不在がちな自分の代わりに家政を取り仕切り、社交のできる母親役を。
しかしバートリーはこう思わずにいられなかった。
──嗚呼旦那様……
早く帰ってきてェェェェ!!!!!