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第100話 暴力彼氏⑥

 珍宝院と別れて家に帰ってからも、珍宝院が言った「飽きてきてる」という言葉が頭の中をぐるぐると回った。

 確かに俺は飽きているのだ。

 だからあまりやる気が出ない。

 正直言って、もう正義の味方なんて辞めたいと思っている。

 しかし、桐山や桜川にそれを言うことなんて、とてもじゃないが言えない。

 それにしても、どうして桐山や桜川はあんなにやる気になれるんだろうか?

 桜川はともかく、桐山なんて子供の頃から俺と同じで、なにに対しても無気力だったはずだ。それなのに、いまの桐山は精力的に行動している。

 誰に言われたわけでもないのに、自分からどんどん行動しているのだ。そして、以前なら考えられなかったようなこともやっている。

 それに比べて、俺は単に珍宝院のおしっこを飲んで強くなっただけだ。

 努力なんてなにもしていない。

 いまだって気が付いたら桐山の指示どおりに動いているだけだ。

 俺はこういう自分が好きではないが、どうすればやる気が出るのかわからない。

 今回の鈴木幸恵の件だって、正直なところどうだっていいと思っている。

 鈴木幸恵が彼氏に暴力を振るわれるのだって、そんなに嫌ならさっさと別れたらいいのだ。暴力が怖いとか言っているが、結局は男のことが好きなんじゃないかっていう思いもある。

 こんな考えは間違っているのかもしれないが、そう思ってしまうものは仕方がない。

 そんな風に思っているのに、鈴木幸恵のために頑張るなんてできそうにない。

 しかし、桐山や桜川はそんな風には思わないのだろう。

 あの二人は本当に鈴木を助けたいと思っているのだと思う。

 いや、ただ単に探偵ごっこみたいで楽しんでいるだけかもしれないが、それにしても意欲的に取り組めているのに変わりはない。

 俺としては、もっとわかりやすいことなら、やる気になれるのではと思う。

 なんだか、なにが正義かわからないようなことが多すぎるのだ。

 俺がそんなことを思っていると、桐山から連絡があった。会って話があるということだ。

 俺は面倒くさかったが、それに応じるぐらいの気持ちは残っていたから、すぐに桐山の家に行った。

「なんだ?」

 俺は少し不機嫌な感じだったかもしれない。

「なんか疲れてそうだな」

 そんな俺を桐山は疲れていると思ったようだ。

「ああ、いや、大丈夫だ」

 俺はそう返しておいた。

「実は、今日のバイトの帰りなんだけど、杉本を見たんだよ」

「杉本? ああ、鈴木幸恵の彼氏な。それがどうかしたのか?」

「別にどうということはないんだけど、あいつって無職だろ。それなのにどうしてあんな時間に出歩いてるのかと思ってな」

「そりゃ、出歩くこともあるだろう」

 俺としてはなにが引っかかるのかわからなかった。

「そうなんだけどさ、なんか不自然な感じがしてさ。それに今日から桜川が調べてると思うんだけど、桜川の姿もなかったし」

「桜川もいろいろと都合があるだろう。今日からのつもりだったにしても、無理になることもあるだろうし」

「まぁ、それはそうなんだけど」

 桐山はやはりなにか引っかかっているようだった。

「なんだよ? なにがそんなに気になるんだ?」

「いや、俺にもよくわからないんだけど、なんかあんな時間にウロウロしてるのっておかしいように思うんだよな。だって無職ですることないなら、自宅にいると思わないか?」

「杉本の自宅って、鈴木幸恵と住んでいる家のことか?」

「そう」

「まぁ、でも、そりゃ無職だってずっと家にいたらストレスもたまるから、散歩ぐらいするだろ」

「それはそうだ。だけど、俺は実際に杉本を見た印象だと、特に用事がない限り家にいるタイプだと思うんだよ。俺も前までそうだったからわかるんだ」

「でも、お前が張り込んでた時は母親と会ってたんだろ?」

「そうだけど、それは母親に呼び出されたからだ。今日はそういう感じでもなかったし」

「そんなに気になるなら、後をつけたら良かったのに」

「まぁ、そうなんだけど、俺としてもその時はちょっと不自然に思っただけで、後々考えてると段々とおかしい感じがしてきてな」

 桐山の言うこともわからないでもないが、そんなことで呼び出さないでくれよって思った。

「そんなことを俺に言われてもなぁ」

「すまん。いや、この話はこれで終わりだ。それよりも久しぶりにゲームでもやろうや。缶チューハイも買ってある」

 桐山はどうやらこっちが本当の目的だったようだ。

 俺は一気に機嫌が良くなった。

「そういや、最近ゲームとかしてなかったな」

「そうだよ。なんかタカシマンのことでいろいろとやってると、ゲームをする時間もなかったし、そういう気にならなかったからな」

 そう言いながら桐山は部屋を出て、缶チューハイを持ってきた。そして一つを俺に渡した。

「桜川がいたらこういうのはやりにくいし」

「そうだな。こういう風にゲームしながらチューハイを飲むってのは男同士の方がいいよ」

 俺たちはそう言ってゲームをやりだした。

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