「しかし、その話が本当だとするとだよ、結構ヤバい奴なんじゃないのか? 杉本って」
俺は杉本という男に得体の知れないものを感じた。
「そうかもしれない。まだはっきりそうだって決まったわけじゃないけどな。だけど、酷い殺人事件とか犯す奴ってそういう趣味があるような話も聞くしな。鈴木幸恵が別れ話をするのを怖がってるのも、なにかそういう気味悪さみたいなものを感じてるのかもしれないな」
桐山が言った。
「お前はそういうのを感じたのか? 実際に杉本を見て」
「そういう風に言われたら、そんな気もする。あ、そうだ。写真を撮ったんだった。これだ」
そう言って桐山はスマホを出して、俺と桜川に杉本の写真を見せた。
陰からこっそり撮った写真なので、斜めになっているが顔や体型もはっきりわかった。
桐山の説明通り、見るからに地味な男だ。
色白で痩せている。顔自体は悪くはない。美形と言っていい顔だ。
しかし、雰囲気は明るさがなく、どこか影が感じられた。
「なんか、そう言われたせいなのか、不気味な感じがあるわね」
桜川が言った。
「うん。俺もそう思う」
俺も言った。
「でも、そういう話を聞かずに、この写真を見たとしたら同じような感想になるか?」
桐山がそう言うので、俺は改めて写真を見た。
「ま、まぁ、どうだろ? 地味で陰気そうだけど、別に暴力的な感じはないし、動物を殺したり女を殴ったりはするとは思わないかも」
「そうね。どこにでもいると言えば、そうも言えるわね」
人間の感覚なんていい加減なものだ。
「これからどうする?」
俺は桐山と桜川に訊いた。
「俺は長くバイトを休んだから、代わりにどっちかが続きを調べてくれないか?」
と桐山が言った。
確かにこの一週間、桐山はバイトを休んで調べていたのだ。
「じゃあ、私がさらに調べるわ」
と桜川がすぐに言った。
次の日、俺がバイトから帰っていると、珍宝院が現れた。やっぱりボロい着物姿である。
「どうじゃ?」
とそれだけ言った。
「まぁ、普通です」
俺もそれだけ返した。
「もっとなにか話すことはないのか?」
珍宝院は少しムッとした感じで言った。
「そうなんですけど、急に現れて急に訊かれても……」
「まぁ、ええわ。ところで鈴木幸恵の男のことじゃが、注意せいよ」
「注意?」
「そうじゃ。お前たちもある程度は不気味に感じてるようじゃが、ああいったやつはなにをしでかすかわからんからの」
「ってことは、あいつの家の近所であった動物虐待はやっぱり杉本が犯人なんですか?」
「まぁ、そういうことじゃ」
珍宝院は当然のことのように答えた。
俺はもう慣れてしまっているが、この珍宝院という老人は、どうしてそんなことを知っているのだろう。
いまさらながら、何者なのかと思ってしまった。
「あの男は残虐な精神構造をしておるからな。普通の人ならためらうようなことでも、気にせずやりおるわい」
「そうなんですね」
「じゃから、早く鈴木幸恵と別れさせた方がええぞ」
「は、はぁ」
それはわかってるけど、いきなり乗り込んでいって杉本をボコボコってわけにもいかないよ。
「お前の気持ちもわかるが、場合によっては手遅れになるからの」
珍宝院は俺の気持ちがわかるのだ。言葉に出さなくても読み取られている。
「でも、ある程度調べてからの方がいいじゃないですか?」
「もちろんじゃ。なんだかんだ言ってもお前のやることは暴力であるんじゃから、それを使うだけの理由はあった方がええ。理由がなかったら本当にただの暴力になってしまうからの。ただ、今回の相手はお前たちの常識と違う常識を持っているからの」
「そうなんですね」
俺は珍宝院がなにを言いたいのかいまいちわからなかった。
「ほれ、これを飲め」
珍宝院は自分の尿を入れたビンを出した。
俺はそれを受け取りゴクッと一気に飲んだ。
「あの、これっていつまで続けるんですか?」
俺はビンを返しながら訊いた。
「お前、飽きてきてるじゃろ?」
珍宝院が核心を突いた。
「えっ」
俺は思わず言葉に詰まった。
「お前は喧嘩が強くなりたいと思った。それで強くなった。いまは友達と正義も味方をやっておる。初めはやりがいを感じていたが、いまは慣れてしまって、やる意義が見いだせなくなっておるんじゃろ」
珍宝院に言われて、まさにそのとおりだと思った。
最近自分でも薄々そんなことを思っていたが、桐山や桜川が乗り気でやっているので、自分のそういう気持ちを考えないようにしていた。
「た、確かにそうかもしれません」
俺は正直に言った。珍宝院に誤魔化したことを言っても通用しないのだ。