「彼に結構お金を使っているような話を聞いたんですけど、どんな感じですか?」
桐山が訊いた。
「同棲してるんで、その分の生活費はすべて私が出しています。彼は無職ですから」
「生活費以外になにかお金を渡したりもあるんですか? 小遣いとか」
「小遣いのような感じで渡すこともあります。お金をくれって言われて渡さないと殴られますから」
話を聞いていると、どうしようもない息子と母親のようである。
「彼はそんな風に小遣いをもらって、なにやってのかは知ってるんですか?」
「はっきりとはわかりませんけど、たぶん他に女がいるんだと思うんです」
鈴木幸恵は恥ずかしそうに下を向いた。
俺と桐山、それに桜川は、それに対してなにも言えず、しばらく全員が黙ってしまった。そして、
「あのう、鈴木さんはその彼と別れたいんですか?」
桐山が訊いた。
「そ、そうですね。でも、別れるって言うと彼にまた暴力を振るわれるんじゃないかって思うと、怖くて……」
鈴木幸恵は体を縮めるようにして言った。
よく耳にする話だ。
暴力が怖いので、別れたいけど別れられない。
鈴木幸恵もそういうことなのだ。
「でも、そういう暴力から守ってくれるようなところってなかったけ?」
俺が言った。ニュースかなにかで見たことがあるような気がしたからだ。
「あるわよね。確かそういうシェルターみたいな」
桜川も言った。
「私もそういうのがあるのは知ってるんですけど、そこに行くのも怖くて。もしそこに逃げ込んでも、彼に見つかったらなにをされるかって考えると……」
鈴木幸恵の言い方だと、かなり彼氏のことをビビっているようだ。
「まぁ、そういうところってちゃんと守ってくれるんだろうけど、でも完全に信用できるかって言うと、どうなんだろうなぁ」
桐山が言った。
「そうなんです。仮にそういうところに逃げ込んでも、ずっとそれから先、逃げ隠れしながらの生活って考えると、それもなんだか……」
「それもそうですよね」
桜川はそう言って頷いた。
「でも、どうする? その彼氏を殴って追っ払うのか?」
俺は桐山と桜川に訊いた。俺としてはいきなり男を殴って追っ払うのは簡単だと思ったが、知らない男を殴るのに抵抗感があった。
「そうだなぁ。もう少しその彼氏のことを調べてみよう」
桐山が言った。
「調べるってなにを?」
「俺の勘だけどさ、なんかその彼氏って単に暴力を振るうってだけじゃないように思うんだよ」
「はぁ? なんだよそれ?」
「だから、俺の勘だよ」
「勘ねぇ」
そう言われても、俺は桐山がなにを考えているのかわからなかった。
「彼って、なにか悪い組織とつながりはないですか?」
桐山が鈴木幸恵に訊いた。
「いえ、そんなの聞いたことないですけど……。それって暴力団とかそういうことですよね?」
鈴木幸恵が言った。
「そうですね。暴力団以外にもなにか変や奴らが家に来たことがあるとか」
「いえ、そういうことはなかったです」
「そうですか。じゃあ、これからどうするか三人で考えます」
桐山はそれで話を終えた。
「よろしくお願いします」
鈴木幸恵はそう言って帰っていった。後ろ姿がなんとも寂しそうだ。彼氏と同棲していても心は空虚ということだろう。
俺たちはそのまま喫茶店に残った。
「おい、なにかあんのか? 悪い連中とのつながりとか訊いてたけど」
俺は桐山に訊いた。
「いや、本当に俺の勘だよ。ただ、どうも違和感があると思わないか?」
「違和感?」
俺と桜川が同時に言った。
「そうだよ。彼氏が暴力を振るうっていうのは、あるかもしれないけどさ、問題はやっぱり年齢だよ。あの鈴木さんって確かにきれいな人ではあるよ。だけど、二十歳の男が本気で好きになるか?」
「そりゃ、あるだろう。橋本の兄貴のこともあったんだし」
「だけど、あの人の彼氏は他に女がいるみたいじゃん」
「ま、まぁ、そうか。だったら本気ではないだろうってことか」
「そうだ。それにマッチングアプリで知り合ってすぐに同棲を初めて半年って言ってただろ。なんか初めから、転がり込んで世話になるつもりだったと考えるのが自然だと思わないか?」
「確かにそうね。でも、だからと言って悪い組織とつながりっていうのは、どういうことなの? なんでそういう可能性を考えたの?」
桜川が訊いた。
「それは、そんなことをするような男だから、当然付き合いもろくでもないのがあるはずだって思ったんだよ。もちろんただだらしないだけの男ってこともあるのかもしれないけどな」
桐山はそう答えた。
「まぁ、お前の言うように、アプリで知り合った相手の家にすぐに転がり込むような奴だから、周りもそういう奴ってのはあるか」
俺は桐山の推理もまったくはずれているとも思えなかった。
「とにかく、俺はちょっとその彼氏のことを調べてみるよ」
と桐山が言った。