「それにしても、俺が一番理解できないのは、橋本の兄貴があんな四十過ぎのオバちゃんを本気で好きになったことだよ」
俺は恋愛に年齢は関係ないと言っても、やはり無視はできないと思っていた。
「それは俺も同意だな。なんで近藤千夏がそんなに良かったんだろうな?」
桐山が言った。
「私が思うに、橋本君のお兄さんは母性に飢えてたんじゃないかしら」
と桜川が言った。
「母性?」
俺と桐山が同時に言った。
「うん。誰だって甘えたいって気持ちはあるでしょう。橋本君のお兄さんって、たぶん子供の頃からすごく勉強していい大学に入って、それでいま銀行員をやってるんだと思うんだけど、その反面、あまり親に甘えることができずに来たんじゃないかしら。だから、無意識に甘えられる対象を求めたんじゃないかと思うの」
と桜川が説明した。
「なるほどね。まぁ、そういうこともあるのかな。なんにしても性格が歪んでいるってことだ。だから横領までして貢いだりするんだよ」
桐山が言う。
「そうだよな。俺たちに比べたら社会的にはすごくまともだけど、その分、ひずみが出てるのかもしれないな」
俺は桐山の言っていることが理解できた。
「ところで、桜川だったら年下の男っていける?」
桐山が訊いた。
「年下って言っても、私は近藤千夏ほどの年齢じゃないからなんとも言えないけど……」
「じゃあ、周りにそういう人っている?」
「そういう人って、つまり自分よりもすごい若い男性と付き合ってる人ってこと?」
「そう」
「いるわよ。一緒に働いている人で。そう言えばその人も近藤千夏と同じぐらいの年齢だわ。四十歳ぐらいなんだけど、確か彼氏は二十歳とか言ってた」
「へー、やっぱりいるんだ。そういう人」
「いるわよ。だから、私は近藤千夏と橋本君のお兄さんの話はそれほど不思議でもなかったわ」
「じゃあ、その一緒に働いている人も、男に貢がせてるのか?」
桐山が冗談ぽく言った。
「やだ、知らないわよ。あっ、でもそう言えば前にそんな話をしてたわ」
桜川はなにか思い出したようだ。
「やっぱり貢がせてるのか?」
「いや、そうじゃないの。どっちかって言うと、貢いでるの」
「貢いでる? じゃあその人が若い彼氏に貢いでるってことか?」
「ハッキリ聞いたわけじゃないけど、彼氏にお金がかかって大変だっていうようなことを言ってたことがあるの」
桜川は思い出しながら慎重に話した。
「ふーん。でも、四十の女が二十歳の男に貢ぐってのは、普通と言えば普通のような気もするな」
俺が言った。
「そうだな。逆よりも余程まともだ。ハハハ」
桐山が笑った。
「でも、待って。そう言えばあの人、ここ最近なんだか段々とみすぼらしくなっているというか、老けたというか、やつれている感じがあるのよね」
桜川はなにか気になることが出たようだ。
「そりゃ、四十なら老けたりするだろ」
桐山はなにを当たり前のことを言ってるんだという感じだ。
「そうじゃないの。その人って年齢よりもかなり若く見えてきれいな人なんだけど、最近急にやつれてきたのよ。前はすごく快活で素敵な人だったんだけど、いまはもうそんな感じじゃなくて、なんて言うかオバちゃんって感じなの」
「でも、俺はあまりそういうことに詳しくないけど、ある年齢になったら急に変わるってことはあるんじゃないのか? 更年期障害とかそういうのもあるだろう」
俺はなんとなく知っている言葉を言った。
「うーん、どうなんだろう。そんな感じとは違って、もっとなにか問題を抱えている感じというのかなぁ」
「でも、若い男と付き合って楽しくやってるんだろ?」
「私もそう思ってたんだけど、いまこうやって話していると、なにか違うような気がしてきたわ」
桜川はそう言って黙って考えだした。
俺と桐山もそれにつられるように黙った。
「ちょっと、その人に訊いてみようかしら」
桜川がボソッと言った。
「そんなに気になるなら訊いたらいいよ。その方がスッキリするだろ。その人だって話せば楽になるようなことかもしれないし」
俺は言った。
「ひょっとして、それってタカシマンの出番がありそうな話なのか?」
桐山が桜川に訊いた。
桜川の様子からなにか感じたようだ。
「いまはまだなんとも言えないけど、そうかもしれないわ。あの人の変わりようは普通じゃないもの。いままであまり意識してなかったから特になにも思わなかったけど、改めて考えると不自然なことがいろいろとあるわ」
「よし、じゃあ、今度はその人の問題解決だな」
と桐山が言った。
「おいおい、マジか? まだなにがあるのかもわからないのに?」
「まぁ、そうだけど、調べてみるのがいいと思う」
「そうね。その人になにかあるのか訊いてみるわ」
「ところでその人の名前は?」
「鈴木幸恵さん」
桐山と桜川で勝手に話を進めた。