俺は路地陰で急いでマスクとマントをつけた。
「早く早く」
桐山は不動産の窓の様子を見ながら急かした。
「わかってる。ちょっと待ってくれ。もうすぐだ」
俺はマスクとマントをとにかくつけた。
「よし、いいぞ」
俺が言うと、
「早く言って橋本の兄貴を助けてやってくれ」
桐山が必死で言う。
俺は不動産屋の窓を見た。
すると俺が変身している間に、橋本の兄貴は黄金不動産の津田に、ボコボコと殴られていた。
「ああっ、ヤバい。行ってくる」
俺はマントを翻しながら雑居ビルへと向かった。
道を歩いている歩行者が、俺のことを見て目をぎょっとさせていた。
俺はビルに入ると、階段で二階へと上がった。
そして二階の黄金不動産のドアを開けた。
「待て! やめるんだ」
俺は部屋に入るなり叫んだ。
すると、橋本の兄貴を殴っていた津田の動きが止まった。
そして俺の方を見る。室内には津田と近藤千夏と橋本の兄貴しかいない。
どうやら黄金不動産は津田一人でやっているようだ。
「なんだ?」
津田は突然マスクを被った男が現れたので、戸惑っているようだ。
「なに? 誰なの?」
近藤千夏もわけがわからないという感じである。
「その男を殴るのはよせ」
俺は言った。
「なんだよ。お前は?」
津田が言う。
「俺は正義の味方タカシマンだ」
「はぁ? なんだお前。熱でもあるのか?」
「うるさい。とにかくその男を殴るのはやめるんだ」
「なんなんだよ。お前、こいつの仲間かなにかか?」
「仲間とか、そういうのじゃないんだけど……」
俺はなんと答えたら良いものかわからなった。
「じゃあ、帰れよ。関係ねぇなら出て行けよ」
津田がすごんだ。
「いや、そういうわけにもいかないんだよ。とにかく殴るのはやめてよ」
俺はやはりこういうことには向いていないのかも。どうも強く言えないのだ。
「フン、もういいよ。なんだか知らねえけど、もう帰ってくれ。お前も返れ。金は返さねえ」
津田は俺と橋本の兄貴に言った。
とにかくもう暴力を振るう気はなくなったようだ。
「いや、僕はお金を返してもらわないと困るんです」
今度は橋本の兄貴が言い出した。
津田は勘弁してくれよって感じだ。
「まぁまぁ、この人は返さないって言ってるんだし、今日のところはいったん帰りましょうよ」
俺は橋本の兄貴をなだめた。
俺はいったいなにをやってるんだ?
「いや、どこの誰だけ知らないですけど、この人が僕のお金を受け取っているんです」
橋本の兄貴が言った。
「はぁ? だからさっきから言ってんだろ! お前の金なんて知らねえって」
津田がまたカッカしだした。
「いえ、あなたが私が彼女に渡したお金を受け取っているのはもうわかってるんです。彼女がすべて話しました」
橋本の兄貴がまた言った。
「あのなぁ、だかと言って、俺はホントに知らないんだよ。千夏が俺にどんな金を渡していたかなんていちいち聞いてないし。仮にお前の金だったとしても、俺がお前に返す義理はねえよ。返すのならそこの千夏だろうが」
津田が言ってることは間違ってはいない。
俺としても津田の意見に賛成である。
「でも、千夏さんがお金はすべてあなたに渡したって」
橋本の兄貴はそう言って、近藤千夏を見た。
近藤千夏はふてくされた感じで目線を逸らした。
「だから、お前が金を貸したのはそこの近藤千夏だろ? だったらその千夏に請求するのが筋だろうが」
「そうなんですが、彼女がお金がもうないっていうんで、こうしてここに来たんです」
「そうだとしても、俺ももうあの金はねえよ。俺も入用があったから使っちまったよ。それに俺はその女とはもう縁切ることに決めたしな。そんな女だとは思わなかったぜ」
津田はどうやら近藤千夏が橋本の兄貴とも付き合っていたことを、すでに知らされたようだ。
「で、でも、僕もあのお金がないと困るんです」
それでも橋本の兄貴は食い下がった。
「まぁ、待ってくださいよ。彼はお金がないって言ってるんだから、いまここで粘っても無駄ですよ」
今度は俺が橋本の兄貴を止めた。
「誰だか知らねえけど、正義の味方の兄ちゃんさ、そいつを連れて出て行ってくれよ」
津田があきれ気味に言った。
「いや、僕はお金を返してもらうまでは……」
橋本の兄貴はまだそんなことを言うので、俺は橋本の兄貴の腹を軽く殴った。
すると橋本の兄貴は小さく息を漏らしたかと思うと、そのまま蹲った。痛さで気を失ったようだ。
「連れて行きます」
俺はそう言って、蹲った橋本の兄貴を担いだ。
「お前も出て行けよ。このアバズレが!」
津田は近藤千夏に向かって怒鳴った。
「私にお金を借りてるくせに偉そうにしないでよ!」
近藤千夏も怒鳴り返した。
「借りたんじぇねえよ。お前は俺にあげるって言ったよな。だからあれはもらったんだよ」
「私と別れるなら耳揃えて返してもらうから」
「知らねえな」
二人はそんなやり取りをしていたが、俺は橋本の兄貴を担いで黄金不動産を出た。