「大変だ! 橋本の兄貴が例の不動産屋のところへ向かったらしい」
桐山が電話をかけてきて、慌てた調子でいきなりそう言った。
俺はバイトが終わって家で寛いでいた。
「えっ、なんで橋本の兄貴が不動産屋の居所を知ってるんだよ?」
その不動産屋の男に関しては、どこの誰かまでは俺たちもまだ調べていない。
「それは俺もわからない。ただ、橋本がそう言うんだよ」
「そうか。でもそれってその男と話をつけるつもりで行ったんじゃないのか? それならそれでいいんじゃないの」
俺としては、男二人で話し合って解決をするのならそれでいいと思った。
「違うんだよ。橋本が言うには、かなり思い詰めてる感じがあるから心配だって言うんだ」
「それだったら、なんで橋本は止めなかったんだよ?」
「橋本も初めは話し合ったらいいって思ったらしい。でも、後々考えてみたら、なんかヤバいことをしでかすんじゃないかって思えてきたみたいだ」
「そうか。でも、俺たちはなにをすればいいんだよ?」
俺としてはバイト終わりで疲れていて面倒くさいので、できれば出かけたくなかった。正義の味方としては情けない話だけど。
「なにって、なにかヤバいことをしそうになったら止めないとマズいだろ」
桐山は俺が面倒くさがっているのを感じたのか、ちょっとムッとした声になった。
「ヤバいことって、橋本の兄貴がその男を殺すとかか?」
「わからないけど、橋本が言うにはそういうこともしかねないかもってことだ」
「わかったよ。じゃあ、行くよ」
俺はそこまで聞いてしまうと、さすがに放っておけばいいとも言えなかった。
俺はタカシマンのマスクとマントの入ったカバンを持って出かけた。
まずは桐山と落ち合った。
「どうする?」
男の居場所がわからないから、橋本の兄貴がどこに行ったのかも当然わからないのだ。
「とりあえず近藤千夏のところに行こう」
「行ってどうするんだ?」
「おそらく橋本の兄貴は男の居場所を近藤千夏に訊くだろう。だから、近藤千夏を見張れば、橋本の兄貴を見つけられるはずだよ」
桐山がそう言うので、俺たちは近藤千夏の家へと向かった。
向いながら俺は桜川に連絡した。そしていまの状態を伝えた。
「それなら私も行くわ」
と桜川も来ることになった。
俺たちと桜川は近藤千夏の自宅付近で落ち合った。
「橋本君のお兄さんは近藤千夏の自宅は知らないから、ここに来ることはないわね。呼び出してどこかで会うはずよ」
桜川が言った。
「そうだ。俺もそう思う。だからとりあえずは近藤千夏を見張ってよう」
桐山も同じ考えだ。
「でも、近藤千夏は自宅にいるのか?」
俺はそれが疑問だった。
「彼女って結構いつも同じような生活してるみたいだったから、この時間なら自宅にいるはずよ」
「でも、もう橋本の兄貴に呼び出されてたらどうする?」
「それなら仕方がないわ」
「そうだな。それなら探しようがない」
桜川も桐山もダメなら諦めるということのようだ。
まぁ、どうしようもないことは確かに諦めるしかない。
俺たちはまだ近藤千夏が自宅にいることを信じて、近藤千夏の自宅を物陰から見張った。
そして、俺たちが見張りだしてしばらくすると、近藤千夏が玄関から出てきた。
「あっ、出てきた。良かった。まだ出かけてなかった」
桐山が言った。
「じゃあ、後をつけよう」
俺たちは少し距離を取りながら、女の後をつけた。
近藤千夏は少し急ぎ足のようだ。
しばらく歩き、喫茶店に入った。
どうやらここで橋本の兄貴と待ち合わせのようだ。
店の中の様子が知りたいが、俺と桐山は橋本の兄貴に知られているので、店に入りにくかった。だから桜川一人で喫茶店に入り様子を見てもらうことにした。
桜川は一人で喫茶店に入った。
そして、俺たちに連絡してきた。
「もう橋本君のお兄さんがいるわ。いま向かい合って話をしてる」
とメッセージを送ってきた。
「話の内容は聞ける?」
「聞けるわ。かなり深刻そうに話してるわ」
おそらく桜川は二人の近くの席に着いたのだろう。
「他に男がいることを知ってるって、橋本君のお兄さんが彼女に言ったわ」
橋本の兄貴としては彼女の口から真相を聞きたいのだろう。
俺と桐山は店の外でどうなるのかとソワソワしながら次の連絡を持った。
「彼女の方は否定してるわ。でも、橋本君のお兄さんは食い下がってる」
桜川のメッセージを読んでいると、俺と桐山はドキドキした。
そしてしばらくすると、
「彼女が男の存在を認めたわ。開き直ったみたい」
というメッセージが来た。しかし、それからはピタッと止まった。
「どうなってるんだろう?」
俺は心配になってきた。
「わからないな」
桐山も心配そうだ。
すると喫茶店から、橋本の兄貴と近藤千夏が出てきた。
俺たちは慌てて身を隠した。
そして、その後すぐに桜川も出てきた。
「大変よ」