橋本の兄貴は弟に言われて、それに対してなにも答えなかった。
ただ、表情からは迷いが読み取れた。
「どうするんだよ? 兄貴」
橋本が黙っている兄に続けて訊いた。
「年下の人に話すのは恥ずかしいんだけど、俺はいままで彼女っていなかったんだ。だから千夏さんは俺にとっては初めての彼女なんだ」
橋本の兄貴が慎重な物言いで言った。
俺も桐山も、それに対してどんな返事をしたら良いのかわからなかった。
「だからってわけでもないんだけど、彼女のことが俺は好きなんだ。本気なんだよ。相手の方がだいぶ年も上だし、変だと思うだろうけど、好きなものは仕方がないんだ」
橋本の兄貴は一気に言った。
「そうなんですね。しかし、好きだとしても相手がその気持ちに応えてくれるかはわからないですよ」
桐山がハッキリ言った。
こいつ、勇気あるなぁ。
と俺は変なところに感心してしまった。
「そうだよね。確かにいま聞いた話からすると、千夏さんは他にも男がいるみたいだし、俺が思っているような女性じゃないのかもしれない」
「だったら、もう別れるしかないだろう」
橋本が言った。
「…………」
橋本の兄貴はそれに対しては黙ってしまった。
まだ答えが出ないのだろう。
「桐山の言ったことを信じられないのか?」
橋本がまた訊く。
「いや、そういうことじゃない。桐山君が言ったことは、俺もなんとなく感じてたことなんだ。だから、本当だと思う」
「じゃあ、兄貴も怪しいって思ってたのか?」
「そうだ。怪しいとは思ってたよ。だけど、それを追求して本当のことを知るのが怖かったんだ。本当のことを知ってしまったら、千夏さんのことをあきらめてないダメになると思ってな」
橋本の兄貴は淡々とした口調で話した。
「俺たちとしては、別れるかどうかはなんとも言えません。ご自身で決めてもらえればいいんですが、ただ、お金のことに関しては、もう近藤千夏には渡さないほうがいいと思います」
桐山が言った。
「そうみたいだね。俺が貸したお金がそのままその男に行ってたみたいだし」
橋本の兄貴には力なく言った。
「これまで結構貢いできたんですか?」
桐山が訊いた。
「そうだね。俺も見栄を張りたいということもあって、デート代は全部出していた。それになにかとプレゼントもしたんだ。だけど、ある時、お金を貸してくれって言われて、初めは数万円だったんだ。だけど、それが何度か続いて、そのうち急に三百万を貸してくれって言われてさ、俺としてもさすがに困ったよ」
橋本の兄貴の目は潤んでいた。
「お金を貸してくれって言われて、理由は訊いたんですか?」
「俺は訊かなかった。小さい男と思われたくなかったからね。でも、彼女の方から生活費が少し不足してるって言われてたよ」
「おかしいと思わなかったんですか?」
「思ったよ。でも、初めは数万円だったら貸せる額だし、返ってこなくても諦められるぐらいだと思って貸したんだ。ケチって思われたくもなかったしね」
「でも、それが続いたんですよね?」
「うん。初めのうちはわりにすぐに返してくれたんだけど、だんだん返してこなくなって、最後が三百万だったんだ」
「そんな相手でもやっぱり好きなんですか?」
今度は俺が訊いた。
「う……、そ、そうだよね。こんなことされてもまだ好きっていうのもおかしいよね。正直言うと、自分でもよくわからないんだ。好きなのか、それともお金を貸しているから、別れたら返してもらえないんじゃないかっていう気持ちなのか」
橋本の兄貴が言ったことはまさにいまの彼の心境だろうと思えた。
珍宝院が言っていたこととも一致する。
「ところで、三百万も貸せるなんて、お金を持ってたんですね?」
桐山が何気ない風を装って訊いた。
「あ、ああ、ま、一応銀行員だからね」
橋本の兄貴は少し慌てた感じで答えた。
やはり横領をしているのだろうという印象だった。しかし、それはまさか俺たちに言えることではない。
俺は橋本を見た。
すると橋本は睨むように兄貴の方を見ていた。しかし、なにも言わなかった。
「じゃあ、もう俺たちは特に話すことはないんですが……」
桐山が言った。
「あ、ああ、ありがとう。今日聞いた話は参考にさせてもらるよ」
橋本の兄貴はそう言った。
俺はなんとなく力のなさを感じた。
「じゃあ、俺たちは帰るから。ごちそうさまでした」
桐山がそう言って、俺と桐山は先に帰ることにした。
食べながら話をしていたが、あまり食べた気がしない。
「どう思う?」
俺は帰り道で桐山に訊いた。
「あの感じだと、答えが出せるとは思えないな」
「ってことは、別れることはないってことか?」
「たぶん。だって橋本の兄貴が言ってたように、別れたら貸したお金を返してもらえないかもしれないだろう」
「そうだよな。どんな形であれ、つながりは保っていた方が、まだ返してもらえそうに感じるもんな」
「でも、おそらく返してもらうのは無理だろう」
「そうだろうな」
「いずれにしてもやっぱり俺たちがなにができることじゃないよ」
そこで話は終わった。
家に帰ると、今日あったことを桜川にも報告しておいた。
それから二日たって事態は急転した。