俺と桜川は桐山の家に集まった。
「なにか新しくわかったことあった?」
俺が桜川に訊いた。
「あったわ。近藤千夏が男と会ってたの」
「男? 近藤千夏は男好きみたいだから、そういうことがあっても不思議はないけど、橋本の兄貴じゃないの?」
桐山が桜川に訊いた。
「橋本君のお兄さんではないと思うわ。年齢もアラフォーみたいだったし銀行員の雰囲気じゃなかった。どっちかって言うと、悪徳不動産屋みたいな感じだったわ」
「ハハハ、悪徳不動産屋ってどんなだ?」
俺は思わず笑ってしまった。
「黒いスーツを着てて、髪の毛はオールバックで、ギラギラの高級時計をしている感じかな」
「ああ、なるほど。それで日焼けとかしてて脂ぎった感じとか?」
「そうそう。そんな感じだったわ」
「でも、その男とはどういう関係なんだろう?」
桐山が独り言のように言った。
「ハッキリしたことはわからなかったけど、付き合ってる感じはしたわ」
「ってことは、近藤千夏は二股をしているってことか?」
俺は少し驚いた。
高スペックの若い男を捕まえておきながら、他にも男がいるという感覚が意外だった。ましてや近藤千夏は四十を過ぎているのだ。
「たぶんそうだと思うわ」
「となると、ちょっと話が変わってくるな」
桐山が言った。
「というと?」
「橋本の兄貴から貢いでもらったお金はその男に流れているのかもしれない」
「なるほど。それはあり得るな」
「そうなると、単に近藤千夏に橋本の兄貴が好きで貢ぎ過ぎましたって話じゃなくて、貢がされたってことなのかもしれないぞ」
「そうだな。じゃあ、今度はその男を調べないとダメか」
「よし、今度は俺が調べるよ」
桐山が言った。
もうこの話からは手を引こうと思っていたが、まだそう決めるには早いようだ。
「でも、どうやってその男のことを調べるんだ?」
「たぶん近藤千夏を見張ってたら、また男と会うだろう。付き合ってるのならそれなりの頻度で会うだろうし」
桐山はかなりやる気になっているようだ。
「じゃあ、近藤千夏の住所を教えるわ」
桜川が桐山に教えた。
「早速明日から始めるよ」
桐山は言った。こういうことに慣れてきたのか、貫禄すら出てきている。
その点俺はあまり変わっていないような気がしてならない。
翌日俺がバイトを終えて帰っていると、珍宝院が現れた。いつもどおり突然である。相変わらずボロの着物姿だ。
「どうじゃ?」
珍宝院はそれだけ言った。
「以前に比べて生活に張りが出てきたように思います」
わかってるくせにいつもこういうこと訊くな。
「それは良かったの。ところで、橋本の兄貴にことじゃが、人が人を好きになるのは仕方がないにしても、そこに金が介在するとややこしいの」
「そうですね。なんで貢いだりするんですかね?」
「それは、橋本の兄貴からしたら、それぐらいしないと自分に価値があると思ってもらえないからじゃろうな」
珍宝院は長く伸びた髭を片手でしごいた。
「でも、そんなことをしなくても人間の価値ってあるんじゃないんですか?」
「もちろんそうじゃ。でも、橋本の兄貴は自分の価値を相手にわかってもらうためには、お金を使うしかないと思っておるんじゃろうな。しかし、これは相手の女がそういう女じゃからであって、要は橋本の兄貴は無意識に相手の求めているものを感じ取ったんじゃろうな」
「そんなことあるんですか?」
「あるよ。誰もが無意識に相手の気持ちなどを感じ取っておる。ただ、感じ取ってもそれに応えるかはまったく別の話じゃ」
「橋本の兄貴はその女を自分に振り向かせるために、相手の求めているものを提供したということですね」
「そうじゃ」
「でも、橋本の兄貴ってまだ二十四なんですけど、四十過ぎの女を好きになるなんてあるんですか?」
「まぁ、それは人それぞれじゃ。好きになることもあるじゃろ。しかし、問題は橋本の兄貴はこの女が初めての女ってことじゃな」
「それが問題なんですか?」
「これまでモテない人生を歩んできて、初めての女がこの女じゃ。付き合い方がわからないんじゃろ。だから、こんなに金を使うことになってしまったんじゃ。もっと経験があればこんなことになる前に、さっさと別れてしまっていたんじゃろうが」
「いまでも女のことが好きなんですかね?」
「いまはそういう気持ちは薄れているじゃろうな」
「じゃあ、なんで別れないんですか?」
「それは、これまで多くの金を使ったからじゃろうな。それがもったいなく感じられてしまうんじゃ。そして、そのもったいないという思いを愛情と勘違いしてしまっているんじゃな」
「そんなもんなんですね」
「まぁ、そのうち橋本の兄貴に直に詳しく聞けばええ」
「はぁ」
「ほれ、これ飲め」
珍宝院はビンを取り出した。
俺はそれを受け取り飲んだ。