桜川は程なくして来た。
「どうだった?」
桜川が来るなり俺は訊いた。
桜川が会いたいという以上は、近藤千夏についてなにかわかったのだろう。
「橋本君のお兄さんの彼女って人だけど、教えてもらったスーパーにいたわ」
「よくわかったな? 顔もわからないのに」
桐山が言った。
「うん。店員さんに訊いたの。近藤千夏って人が働いているか」
「ふーん、それで普通に教えてくれたんだ」
案外その辺のセキュリティーは低いのかも。
「一応、知り合いということでね。別に怪しまれなかったし、すぐに教えてくれたわ」
「それで、なにかわかった?」
「まず近藤千夏って人の見た目だけど、いたって普通のどこにでもいる中年女性って感じだったわ。これが写真」
そう言って、桜川はスマホで撮った写真を俺たちに見せた。
「ああ、なるほど。確かに普通だ。四十過ぎよりも少し若くは見えないこともないけど、特に美人でもないな。なんでこんなオバちゃんに橋本の兄貴ははまったんだ?」
俺が素直な感想を言った。
「そうだな。なにがいいのかまったくわからん。それにこの人が橋本の兄貴に異常に貢がせるってのも、なんか不思議だよな」
桐山が言った。
確かにそうだった。
見た感じ派手さもないし、そんなに金がかかるような女にも見えない。いくら橋本の兄貴がこの女を好きだとしても、自分の金だけで十分賄えそうな感じだ。
「そう思うでしょ。私もそう思ったの。それでそれとなく他の店員さんに訊いてみたの。評判とか噂とかないかって、そうしたらスゴイ出てきたの」
桜川はなんだか楽しそうだ。
「どんなのが出てきたんだ?」
「まず、この近藤千夏っていうのは大人しそうに見えて、すごい男に飢えてるっていうことなの。男のアルバイトに言い寄るなんて日常茶飯事らしいわ」
「ええっ、この見た目でか?」
桐山は思わずそんなことを言った。
「そうなの。見た感じはそんなでも、とにかく自分は若くてモテるって思ってるらしいわ。パート仲間の間ではそんな彼女とは距離を取ってるって言ってたわ」
「それだと距離を取りたくなるよな」
「それで、最近は婚活に励んでるって言ってるらしくて、高スペックの若い男を捕まえたって自慢してたらしいの」
「ああ、それが橋本の兄貴か」
「たぶんね」
「でも、ちょっと待てよ。婚活ってことはやっぱり独身ってことか?」
「うん。たぶん独身ね。私、近藤千夏の自宅もつけて行って調べたんだけど、一軒家に住んでて、どうやらそこで親と同居してるみたい」
「つまり、パートしてる行かず後家ってことか」
「まぁ、早い話がそういうことになるわね」
「じゃあ、橋本の兄貴と結婚するつもりなんだ?」
俺が言った。
「そういうことになるな。でも、その相手に横領までさせて貢がせるかな?」
桐山が言った。
「そうよね。結婚したい相手に犯罪はさせないわよね」
と桜川。
「だとするとこれってなんだ?」
俺は訳がわからなかった。
「そうだよな。それにこの女は橋本に兄貴には既婚だって言ってるわけだろ? それも辻褄が合わないよ。むしろ結婚する気なら既婚だったとしても独身て言うんじゃないのか」
「途中で気が変わったとか?」
桜川が言った。
「まぁ、それもないとは言えないな」
「じゃあ、突然離婚したからって橋本の兄貴に言うのか?」
「こんな女ならそれぐらい平気でするだろ」
桐山が言い捨てた。
「しかし、いずれにしても、これって俺たちの出番ってないんじゃないのか?」
俺はそんな風に思った。
「そうだよな。勝手にやってくれって話だよ」
桐山も俺と同意見のようだ。
「そうよね。でも、私はなんかやっぱり引っかかるわ。いろいろと辻褄が合わないんだもん」
桜川は納得いかないようだった。
「確かに辻褄は合わないところはあるけど、要するに女は男に貢がせる目的で近づいたもの、途中で気が変わって本気になったってだけじゃないのかな」
俺が言った。
「うーん、まぁ、そうなんだけど、なにか他にあるような気がしてならないの」
「だったら、どうする?」
「もう少し調べさせて」
「まぁ、桜川がそう言うのなら、いいけど」
桜川はどうしても気になるようだ。
俺と桐山としても止める理由もない。
それから数日、桜川はまた近藤千夏のことを調べた。
そして、また桜川が会いたいと俺たちに連絡をしてきた。