橋本は小さく頷いた。
「でも、それって確実なことなのか?」
桐山が確認した。
「おそらく。というのは、どう考えても給料では賄えないような金の使い方をしてるんだよ」
「それって、具体的にどんな感じ?」
「ブランド物のバッグや貴金属とかだよ。それをその女にプレゼントしてるんだ。どう考えても給料以上の買い物をしているんだぜ」
「ふーん。でも、それだけだとわからないだろ?」
「だから俺も兄貴に確認したんだ。横領とかしてるんじゃないだろうなって。そしたら、なにも答えず硬直をしてたよ。それ以上は俺も怖くて訊けなかった」
橋本の気持ちもわからなくもない。
自分の兄が横領犯というのは知りたくはない。
「でも、話を聞く限り、悪いのは全部お前の兄貴じゃん。横領がバレて捕まっても、自業自得だろ」
桐山がハッキリ言った。
「それはそうなんだけど、でも、そんなおばちゃんに貢ぐっておかしいと思わないか?」
「それはそうだけど、人の好みはそれぞれだしなぁ」
「でも、四十過ぎだぞ。それに結婚してるし」
「うーん。まぁ、違和感は確かにあるけど……」
俺も桐山も困ってしまった。
こんな話、協力しようがない。
結局、そのままどうするかは結論が出ないまま帰ることになった。
「どう思う?」
俺は帰り道、桐山に訊いた。
「どうって、あんなの俺たちにどうしようもないよ」
桐山は橋本の相談に少し腹が立っているようだった。
「そうだよな。さすがにどうしようもないよな。それにしても、二十四の男が四十過ぎの女を本気で好きになるのか?」
「それは、俺もわからないけど……。でも、ないわけじゃないだろ」
「まぁね」
「人にはそれぞれ好みがあるから、橋本の兄貴がその女が好きなら仕方がないじゃん」
「そうだけどな。お前なら四十過ぎの女を好きになるか?」
「なるわけない」
桐山はハッキリ言った。
「そうだよな。俺も無理だわ」
「母親の年齢に近い人を好きになるなんて、普通はないだろ。だいたい男が女を好きになるのなんて、生殖のためってのが根本にはあるだろ。そう考えたら、四十過ぎって段階で本能的に除外するってものじゃないのかな」
桐山の言うことには説得力があった。
「そうだよな。男の方も四十代とかならあるかもしれないけどな」
「まぁ、どっちにしてもこの話は俺たちにはどうしようもないことだよ。俺たちは別れさせ屋じゃないし、それに今回って悪いのは橋本の兄貴だ。ってことは、やっつけるのは橋本の兄貴ってことになってしまうぞ」
桐山が言うように、今回悪者の可能性があるのは、横領しているかもしれない橋本の兄貴だ。貢がれている女も間接的には悪者と言えるかもしれないが、これはまだなんとも言えない。
俺たちはそのまま家に帰った。
翌日、俺はモヤモヤとした気持ちで過ごした。
橋本の兄貴の件が頭に引っかかっていたのだ。
俺は桐山と会ってもう一度話をすることにした。そして、今回は桜川も呼んだ。
夜、桐山の家に集まった。
「確かにそれって、珍しい話ね」
桜川は俺たちから話を聞いてそう言った。
「珍しいだろ。さすがに年上すぎる」
桐山が言った。
「でも、その女の人がすごく若く見えるんじゃない?」
「えっ、でも若く見えるっていっても、限度があるだろ」
「まぁ、そうなんだけど、初めに実年齢よりも若く言われてて、好きになってから本当の年齢を言われたのなら、そういうこともあるんじゃない」
「うーん、まぁ、すでに好きになってたら実年齢を聞いても急に冷めたりはないかもな」
桐山は桜川に言われてしぶしぶながら納得した。
「でも、相手は結婚してるんだよ」
俺が言った。
「それも好きになった後から聞かされたら、同じことじゃないかな」
「ま、まぁ、そうかも」
俺も桐山も恋愛経験がほぼないので、こういう話はどうもわからないことが多い。
「でも、ここまでの話をすべてひっくり返すようなんだけど、やっぱりその話って違和感はあるわね」
「だろ。俺もそう思ってたんだよ」
俺が言った。
「だって、どんな人を好きになってもいいんだけど、やっぱり貢ぐっていうのはおかしいと思うの。だいたいいくら好きな人だとしても、あまり貢がれたら女の人も遠慮するのが普通よ。だから橋本君が心配するぐらい貢いでいるっていうのなら、その女の人も遠慮して断るはずなの」
「確かにそうだ。でも、断らずにずっと貢がせてるってなると、初めからそれが目当てってことか」
桐山が言った。
「そうね。おそらくそれが目当てなんだろうけど、でも、その標的が二十四の人っていうのはおかしい気がするわ。だって、貢がせるのが目当てならもっと年齢のいった人でもいいでしょう。その方がお金も持ってるし、四十過ぎの自分と釣り合うわけだし」
桜川の言うとおりだ。
パパ活や援助交際をする気なら、もっと適当な相手がいる。以前刺されて殺された中川みたいな中年男の方がいいはずだ。
「ということは、これにはなにか裏があるのか?」
桐山が身を乗り出した。
「あると思う。だってやっぱり普通に考えたらおかしいもの。それには理由があるはずよ。ちょっと私、調べてみるわ」