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第82話 中学の思い出⑫

「土井真治って書いてあるぞ」

 桐山が名刺を見ながら言った。

「土井真治!」

 桜川が大きな声を出した。

「どうしたんだ?」

 桐山がその声に驚いて訊いた。

「その土井真治って、私の元カレかも……」

 桜川がゆっくりと言った。

「あっ、そう言えばそんな名前だったな。でも同一人物なのか? たまたま同姓同名とか」

 俺は桜川がつけられているのを助けた時のことを思い出した。

「えっと、土井建設って書いてあるぞ」

 桐山が言った。

「じゃあ、彼だわ」

 桜川は信じられないという感じである。

「でも、なんであいつの名刺があるんだろう?」

 俺は不思議だった。

「土井真治ってお金に困ってたのかな?」

 桐山は首をかしげている。

「そんなはずないわ。彼は土井建設の跡取り息子よ。闇金に用なんてないはず」

 桜川が説明した。

「そうか。じゃあ、別の理由か」

「とにかく、ここから出よう。借用書だけ持って出ればいいだろう」

 俺たちは闇金の入っている雑居ビルから出た。

 そして、そのまま桐山の家へと向かった。

 途中、桜川は急に現実感が出たのか、すっかり元気がなくなっていた。

「大丈夫か?」

 俺は桜川のことを気遣った。

「う、うん。さっきまでは気持ちをしっかり保たないとって思ってたけど、外に出たらホッとして手足が震えるわ」

 桜川の手を見ると本当に小刻みに震えていた。

「いったいなにがあったんだ?」

「私があの闇金のことを近所で聞き込みをしてたら、連中がそれに気づいて事務所に連れ込まれたの」

「それで、連中にはなにもされなかったのか? 事務所に連れ込まれて」

「なにもされないというか、いったいどういう理由で俺たちのことを知れべてるんだって散々訊かれたの」

「そうか。それでどうしたの?」

「借りてる人で困っている人がいるからって答えたの。そうしたら嘘つくなって」

「嘘? どういう意味だろう?」

「わからないけど、なにかあるみたいだったわ」

「闇金だし、他に調べられるような心当たりがあるんじゃないのか?」

 桐山は話に入ってきた。

「それもそうだな。警察とかが調べてるって考えてもおかしくはないか」

「そうだよ。でも、たまたま俺が来て良かったよ」

「そうだな。桐山が来てなかったら、俺たちは桜川が捕まったことにも気づかなかっただろうし」

 そういう意味では不幸中の幸いだった。

「それにしてもなにもされなくて良かったよ」

 俺は改めて言った。

「そうだな。俺が来てなかったらいったいどうなっていたことか」

 桐山は少し自慢げだ。

「お前が来てなかったらどうなってたかな?」

「それはわからないけど、ずっと監禁されてたかもしれないよ」

「えっ、そんな、怖いわ」

 桜川はいまさらながらかなり怯えていた。

「しかし、桜川って結構強いよな。よくあの状況で正気でいられたと思うよ」

 桐山が言った。

「何度も怖くて死にそうになったわ。でも必死で正気を失わないように頑張ったの」

「そうだろうな。よく頑張ったよ。それに、おかげで橋本と足立美代さんの借金は解決できたよ」

「でも、結局は事務所に乗り込んでやっつけて終わったな」

 そう言って桐山は笑った。

「そうだな。こんなこと言うのも変かもしれないけど、桜川が連中に捕まったおかげで、事務所に乗り込む理由ができたってことだな」

「じゃあ、私のやったことも役に立ったってことね」

 桜川はそう言って少し笑った。

「そういうことだよ。怖かっただろうけど、おかげであっさり解決できた」

 俺は桜川を慰めるつもりで言った。

「ところで、土井真治ってどういう奴なんだ?」

 桐山が桜川に訊いた。

「どういう奴って言われても、なにを答えたらいいかしら?」

「闇金との関りがあるとすればどんなことだと思う?」

「うーん、借りるほうではないから、資金提供してたとかかしら」

「なるほど。そうだよな。やっぱりそれが一番考えられると俺も思っていたんだ」

「ちょっと待てよ。それだとあの闇金のバックには土井建設がいるってことか?」

 俺が二人に訊いた。

「それはわからないけど、その可能性もあるな。土井真治が個人的にやってるだけなのかもしれないけど」

 桐山は慎重に言った。

「あの人なら闇金とかに資金提供しててもおかしくないかも」

 桜川が言った。

「そんなことしそうな奴なのか?」

「傲慢なところがある人だったし、貧乏人とかをバカにしているような感じがあったから、そういうことをしてても不思議はないかも」

 俺自身はそんなに土井真治と関わってはいないが、桜川の話に納得できる気がした。

 そんな話をしていると、桐山の家に着いた。

「女の子を家に入れるなんて初めてだよ」

 桐山が嬉しそうに言った。

「初めてが私みたいなのでごめんね」

 桜川がそう言って笑った。

 俺たちは桐山の部屋に入ると、桐山がいつも飲んでいる缶チューハイを大量に持ってきた。

「これでも飲んで話をしよう。久しぶりに中学の思い出話だ」

 それから俺たちは橋本に連絡し、もう取り立てがなくなるだろうと伝えた。

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