翌日は桐山がバイト先で橋本からアダチミヨの生活パターンを訊いてきた。
俺は桐山の家でそれを聞いた。
「橋本が言うには、アダチミヨは昼間は普通に会社勤めらしい」
桐山が言った。
「会社勤めか。会社勤めでそんな詐欺を働いてるっていったいどういうことなんだ? ホントに会社勤めしてるのかな?」
「それはわからないけど、橋本はそういう風に聞いてたんだろうな。だから、とりあえずその体で見張ればいいんじゃないかな」
桐山の言うとおりだ。
「じゃあ、そういうことで桜川に見張ってもらうか」
「それでいいと思う。桜川も昼間は仕事だろ? だったら、どうせ夕方以降じゃないと無理だろうしな」
「そうだな。じゃあ、明日から早速やってもらうように言うか」
俺はそう言って、桜川に電話した。
そして、桐山との話をそのまま伝えた。
桜川はやたらとやる気になっているようだった。
「桜川は明日からアダチを見張ってくれるそうだ」
「よし、じゃあ、しばらくは桜川からの連絡待ちだな」
話が終わり、俺は家に帰ることにした。
帰る途中に珍宝院が現れた。
いつも突然なので俺は驚かなくなっていた。
「調子はどうじゃ?」
珍宝院が言った。
「普通です。もう自分が強くなったことに慣れた感じがあります」
「そうか。人間っていうのはすぐに慣れるからな。ハハハ」
「そうですね」
「前の美人局の件は片付いて良かったの」
「はい。でも、まさか殺人まで起こるなんて思わなかったですよ」
「まぁ、あの男も脅すだけで、殺すつもりはなかったんじゃろうが、相手が思わぬ抵抗をしたんじゃな」
「それって、つまり中川が抵抗したから思わずナイフで刺してしまったってことですか?」
「そうじゃ。あの男も本当は気が小さいんじゃな。だから中川が脅されなかったことで、焦ってしまったんじゃろ。そういう場合を想定していなかったんじゃな」
「なんともずさんですね」
「そうじゃな。しかし、計画的な奴なら初めから美人局なんてせんよ」
「確かに」
「ところで、今度の闇金の件じゃが、どうするつもりじゃ?」
「とりあえずは橋本に近づいた女を調べます」
「うむ、それがいいの。しかし、あの橋本という男は、まだあの女のことが好きなようじゃな」
「え、そうなんですか?」
「ま、いったん好きになったら、そんなに簡単に嫌いにもなれないってことじゃろな」
「は、はぁ」
俺はそういう経験がないので、なんとも理解できなかった。
自分を詐欺に遭わせたかもしれないような女をいまだに好きなんてことがあるのだろうか?
「ほれ、飲め」
珍宝院はいつものビンを取り出した。
俺はそれを受け取りゴクッと飲んだ。
「それじゃあ、これでわしは行く。桜川って子のことはちゃんと守るんじゃぞ」
珍宝院はそう言って去っていった。
珍宝院に言われるまでもなく、桜川のことは守るつもりだ。
それにしても、いまだに橋本はアダチミヨのことが好きというのは本当なのだろうか?
しかし、珍宝院が言うのだから、おそらくそうなのだろう。
数日して、桜川から連絡があったので、俺と桐山は桜川と会うことにした。
「どうだった?」
俺がまず訊いた。
「あのアダチミヨって子だけど、確かに会社勤めをしてるみたい。早めに仕事を終えてあの子の家の前で見張っていたんだけど、スーツ姿で帰ってきたの」
「そうか。それでどんな感じの女だった?」
今度は桐山が訊いた。
「そうねぇ、一言で表現するなら普通の子って感じかな。二十歳ぐらいのどこにでもいそうな女の子よ。詐欺とかするようには見えないし、パパ活とかそういうこともしてそうにないような」
「そうなんだ。俺は勝手に派手目のギャルをイメージしてたよ」
と俺は言った。
「全然。黒髪のホント普通の子よ」
と言って、桜川はスマホで撮った写真を見せた。
確かに写真には桜川の言うような若い女が写っていた。
それを見て、俺は橋本がいまもその子に気があるのがわかる気がした。とても詐欺とかをやるようには思えない見た目だ。
それだけに橋本も望みが捨てきれないのだろう。
「それで、なにか怪しいことはあった?」
桐山が訊いた。
「昨日なんだけど、その子がいったん家に帰ってきてから、またすぐに出かけたの。スーツ姿のまま。それでどこに行くのかつけて行ったら、ガラの悪い男の人と会ったの」
「ガラの悪い男?」
「そう。年齢的には私たちと変わらないぐらいなんだけど、いかにも裏社会の人って感じの」
「それで、会ってどうなったの?」
「会って二人で喫茶店に入ったから、私もついて入ったの。それで話に聞き耳を立ててたら、どうもその男の人は闇金の人みたいなの」
「ってことは、やっぱり女と闇金は仲間か」
桐山が言う。
「ううん。そうじゃないみたい。どっちかって言うと、その子も闇金にお金を借りているみたいだったわ」
「えっ、そうなの?」
俺と桐山はその話に驚いた。