「それなら早く言えよ」
俺は思わず言った。
「いや、すまん。お前らは橋本のことなんか覚えていないと思ったからさ」
桐山は言った。
「覚えてるわ。確かあのいつも一人でいた子でしょう」
桜川はハッキリとわかっているようだ。
「ああ、そうだったな。橋本って教室でいつも一人だったよな。誰とも話さずさ」
俺も橋本のことはよく覚えていた。地味で目立たなかったが、それが逆に記憶に残っている要因だ。
俺と桐山も地味だったが、二人でいつもいた。だけど橋本は本当にいつも一人だった。
「橋本君って誰も友達っていなかったわよね?」
と桜川。
「うん。いなかったと思う。男子の中でもあいつと仲良かった奴は一人もいないんじゃないかな」
俺は答えた。
「あの橋本君が女の人に貢いだっていうのはちょっと不思議な感じはするわね」
桜川は橋本のことを頭で想像しているようだ。
「そうだな。橋本が女と仲良くしてたりする図が想像できないよ」
橋本は男子ともほとんど話していなかったが、女子と話などすることなど皆無だったと思う。
ただ、それは中学の時の話だ。
いまもそうだとは限らない。
「確かにあいつは中学の時はそうだったけど、いまはバイト先では少しは話はするよ。まぁ、男とだけどな。俺も中学の時の同級生ってことで少し話をするようになって、ちょっとはあいつのことも知ったんだけどさ。それでもやっぱりあまり話はしないけどな」
と桐山は言った。
「じゃあ、そんな感じでどうして借金のことがわかったんだよ?」
「それは、他のバイト仲間の噂だよ」
「それじゃあ、借金のことも、女に貢いだっていうのも噂で知ったってことか?」
「そう」
「なんだ。噂なら、間違いかもしれないじゃん」
「そうなんだけど、どうもそうでもない感じはあるんだ。っていうのも、前にあいつをガラの悪そうな連中が迎えに来てた時があったんだよ」
「へー、そんなことが。でも、やっぱりちょっと信じ難いよな。俺にはどうしてもあの橋本が女に貢いで借金をするようには思えないよ。ましてや闇金で借りたなんてさ」
「お前がそう言いたいのもわかるよ。俺だって正直なところ半信半疑だ。だけど、あんなタイプの方が女には貢ぐのかもしれないぜ」
「た、確かに……」
桐山の言うことも一理あるように思えた。
女のことをあまり知らないから、思い詰めたら借金してでも女に貢いだりあるのかもしれない。
もっとも俺も女のことはあまり知らないが。
「桐山君の言うとおりかも。女の人に免疫がないからその手の詐欺とかにも引っかかりやすいとも言えるし……」
桜川も同じように思ったようだ。
「そうだろ? 俺も半信半疑ながら、そういうこともあり得るなって思うんだよ。なんせ橋本はほとんど話さない奴だから、詳しいことはわからないけど」
「そうか。じゃあ、闇金でお金を借りてるってのも、本当かもな」
「そう考えるのが自然だろうな」
考えるほどに橋本の話は本当のように思えた。
「でも、あいつ、返せるのか?」
「絶対無理だと思う。あいつの親が金持ちってわけでもないようだし、あいつ自身はバイト生活だしな。だから行先はヤバいことをして返すってことになるんじゃないの」
「その借金が、橋本が勝手に好きな女に貢いでできたものなら自業自得ってだけの話だけど、騙されたってなると話は違うよな」
「まぁな。これってひょっとしてタカシマンの出番か?」
桐山が俺の方をじっと見た。
「なに? タカシマンって?」
桜川が不思議そうに訊いた。
「タカシマンっていうのは、正義の味方さ」
桐山が答えた。
「正義の味方?」
桜川はそんなことを言われてもわかるはずがなかった。
そこから俺と桐山でタカシマンのいきさつなどを説明した。
「ええっ、そんなことやってたの!」
桜川は大きな声を出した。
「ああっ、大きな声は出さないで」
俺と桐山は急いで止めた。
「あっ、ごめんなさい」
「これって秘密のことなんだよ。知ってるのは桐山と俺だけなんだ。そこに桜川も加わったけどね」
「このことは絶対に誰にも話さないでくれよ」
桐山は真剣な声で桜川に言った。
「う、うん。わかった。誰にも言わない」
桐山の雰囲気に、桜川の表情も変わった。
「そう言えば、タカシ君ってすごく強くなってるもんね。あれってその仙人みたいな人と会ったからなんだ?」
桜川は珍宝院のことを仙人のようにイメージしているようだ。
「そうなんだ。だから桜川を最初チンピラのナンパから助けた時には弱かったけど、その後からは生まれ変わったんだ」
「でも、それもいろいろあったけどな」
桐山が口を挟んだ。
「確かにな」
「えっ、どんなことがあったの?」
俺と桐山は桜川に、安定して強くなるまでのすったもんだを話した。
桜川はその話を興味深そうに聞いていた。
「じゃあ、今度もタカシマンの登場ね」
桜川は楽しそうに言った。
「そうだな。でもその前に下調べがいるよ。俺がもっと詳しく事情を橋本から聞いてくるよ」
と桐山が言った。