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第71話 中学の思い出①

 美人局の件が解決して、数日たった時、桜川から連絡があった。

 会いたいということだ。

 俺としては会わないという選択肢はない。すぐに日時を決めて会うことにした。

 バイト終わりに駅前で待ち合わせることになり、俺はバイトを終えるとそそくさと駅前に向かった。

 俺が行くと、すでに桜川は来ていた。

 桜川はペコリと頭を下げた。

「美紀のことではいろいろとご迷惑をかけてしまって……」

「いや、いいよ。そのことはもう済んだことだし」

「今日はそのお返しってことでもないんですが、私に奢らせてください」

 桜川は嬉しいことを言ってくれた。

 女の人に奢ってもらうっていうのは、少し抵抗感はあるが、お金がいつもない俺としてはありがたい話だ。

「え、いいよ。そんなに気を遣わなくても」

 でも一応そう言ってみた。

「いいんです。今日は私に払わせてください」

 桜川が強く言った。

「じゃ、じゃあ、ごちそうになろうかな」

 予定調和と言えばそうなのだが、一応こういったやり取りをすることで、気持ちが少し軽くなる。

 俺たちはそのまま居酒屋に入った。

 お客はそれなりにいるが、混雑しているというほどではなかった。

 女の子と飲みに来るなんて初めてだ。

 俺は少し緊張した。

「本当に今回はごめんなさい。私が変な相談を持ち掛けたせいで……」

 桜川は改めて頭を下げた。

「いいって別に」

 俺としては桜川を責めるつもりは本当になかった。

「あの美紀があんなことしてたなんて驚きです」

「美人局のこと?」

 桜川も当然藤堂美紀とヒリュウが捕まったというニュースは知っているのだ。

「はい。単にパパ活のようなことをしてお金をもらってるってだけならまだしも、美人局ってなると完全に犯罪ですよね」

「そうだね。脅して金を取るわけだから。実際警察に捕まったしね」

「さすがにもう友達を続けることはできません」

 桜川は首をうなだれていた。

「だろうね。その方がいいよ。それにあの子ももうユリさんの前に顔を出せないと思うけど」

「そうですね」

 桜川は信じていた友達に裏切られたショックがかなり大きいようだった。

 しかし、それは俺としてはなにもできない。

「あのう」

 しばらく黙っていた桜川が話し出した。

「なに?」

「前から少し気になってたんですけど、タカシさんってA中学に通っていましたか?」

 A中学は俺が通っていた中学だ。俺だけじゃない、桐山も桜川も通っていた。

「そ、そうだけど」

 心臓がドキンと大きく打った。

「やっぱりそうですよね。実は、私もあの中学に通ってたんです。タカシさんって梅田タカシ君?」

 突然言われて俺は戸惑った。

「そ、そう、だけど……」

 俺は前から桜川が中学の同級生だと知っていたと言うべきかどうか迷った。

「やっぱり。私、桜川百合です。覚えていませんか?」

 そう訊かれて、俺は答えに詰まった。

「あの当時はまったく話したことはなかったけど」

 桜川が俺の顔を覗き込むようにした。

「あ、あの、覚えているよ」

 俺は喉がキュッと締まって声がほとんど出ていなかった。

「覚えてくれてたんだ。ひょっとして最初からわかってたの?」

 桜川は同級生とわかった途端、話し方が砕けた。

「じ、実は、そうなんだ」

 俺は顔が赤くなっていただろう。

「なあんだ。それだったら早く言ってくれたらよかったのに」

 桜川は黙っていたことを怒っている様子はなかった。むしろ同級生とわかって喜んでいるようだ。

「ごめん。なんだから桜川の方が俺のことを全然覚えていなかったみたいだから、言い出しにくくて」

「そうだよね。ごめんね。私が悪いの。ナンパされているところを助けてくれた時に思い出すべきだったのよね」

「いや、もういいんだ。それにあの時は、あんな状態だったからパニックになってたのもあるだろうし」

「ううん、タカシ君って昔とまったく変わってないのに、それでわからない私が悪いのよ」

 桜川はあくまで自分に否があるという感じで話した。

 俺としてはそう言ってもらえることで、気持ちが少し楽になれた。

「俺って、中学の時からそんなに変わってない?」

「見た感じというか、雰囲気は昔のままかなぁ。でも昔は女の子を助けるとかいうタイプじゃなかったように思うけど」

「そう、そうなんだよ。あの頃は女子と話すこともほとんどなかったし、地味で目立たない感じだったしね」

「じゃあ、あの頃からだいぶ中身は変わったってこと?」

「変わったよ。桜川もだいぶ変わったみたいだね」

「そうかなぁ。というか大人になっただけなんだろうけど」

「そうか。大人になったんだね。俺たち」

 そう言って二人で笑った。

 お互いに同級生であることを認識して、だいぶ気分がほぐれた。

 気分がほぐれると、桜川との心理的な距離感が近くなった気がした。

「実は今回のことって桐山も手伝ってくれたんだよ。桐山って覚えてる?」

「桐山君、覚えてるわ。あの子も地味だったわね。確かタカシ君と二人でよく一緒にいたよね」

 そう言われて、俺は中学の頃を思い出した。

 あの頃、休み時間はいつも桐山と二人だけで話をして過ごしていた。

「じゃあ、今度桐山も含めて三人で飲もうよ」

「いいわね」

 突然遅れていた青春がやって来た気がした。

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