翌日、俺と桐山は夜にまた会った。
桐山の家だ。
「昨日のことがニュースになってたな」
俺が切り出した。
「そうだな。ニュースの内容からすると、俺たちが推理したので、だいたい合っていたみたいだ」
「うん。結局、中川殺しの犯人はヒリュウと藤堂美紀ってことだ。それにしても、美人局は脅した相手が、予定どおり脅されてくれて初めて成立するってことだな」
「それは俺も思った。脅しが効かなかった時点で失敗なんだよな。でも、美人局の性質上、脅しが効かないのなら、じゃあいいですってわけにもいかないし、結局はそれ以上のことをしないといけなくなるんだよ」
「つまり中川みたいに殺されるか、少なくとも多少の痛い目には遭わせないといけなくなると」
俺は言った。
「そうだ。だけど、それをしても本来の目的であるお金が得られるかはわからないからな。というか、ほとんどの場合そうなったらお金は無理だろう」
「無理だよな。警察に捕まって終わりだ」
ヒリュウと美紀は結局そういうことになった。
「ま、とりあえず解決して良かったよ」
俺はホッとした。
「俺、昨日の晩から今日にかけて、ずっとヒリュウと藤堂美紀のことを考えてたんだ」
桐山が話し出した。
「あの二人のことを?」
「あの二人って、見た目はいいじゃん。ヒリュウはホストをするだけあって男前だし、藤堂だってかなりの美人だよ。でも、人生は結構ひどい状態になってるだろ。もうこれから先は社会的に復活するのってかなり厳しいのも予想できるよ」
「まぁ、そうだな」
「普通に真面目に働いて生活してたら、当たり前のようにモテて、恋人ができて、結構楽しい毎日を過ごせたのになって思うんだよ」
「それは俺も思う」
「だろ? なのにどうしてあんなことになったんだ? なんであんんなことをしてしまったんだ?」
「それは俺に訊かれてもわからないよ」
俺は桐山に言われるまで、まったくそんなことを考えもしていなかった。
「俺はさ、あの二人みたいに学校でも一軍で生活していたような奴らってうらやましいなってこれまで思ってたんだけど、こうなると俺たちのような二軍の方が案外幸せなのかもって思えてくるよ」
桐山は感慨深そうに話した。
「まぁ、俺たちはモテないから、初めからホストなんか選択肢にないし、本来暴力的なことも苦手だから美人局みたいなことも絶対できないしな」
「ああ、俺たちは考えもしない世界だよ。でも、それをやれる能力があれば選択肢に入ってきてしまうってことなのかもな」
「でも、ホストはともかく、美人局は例外だろ?」
「確かにそれはそうだけどな。能力があるからって犯罪行為は普通はしないからな。でも、ヒリュウだって俺たちみたいなひ弱なタイプだったら、美人局は考えなかっただろう?」
「そりゃ考えないだろうな。思いついたとしても、やろうとはしないよ」
「だから、能力とやる気の両方が揃うことが大事なのかと思うわけよ」
桐山の言いたいことがだいたいわかって来た。
「つまり、ヒリュウや藤堂はその両方がそろったわけだ」
「そうだ。ヒリュウには他人を脅すだけの能力があった。まぁ、これは結果的にはなかったわけだけどな。それにそれを実行するやる気もあった」
「だから実際にやってしまった」
「それともう一つ大事なポイントは、ヒリュウと藤堂美紀が出会ったことだ。この二人が揃わないと美人局はできなかったからな」
「そうだな。男だけでも女だけでもできないから」
「そう。それにそのどちらもがこういう犯罪をしてもいいって奴じゃないとやらないよ」
「そう考えると、今回のことってかなり低い確率の偶然が重なったから起こしてしまった事件ってことだな」
「そう思う。俺は正直言って、ヒリュウも藤堂もそんなに悪人とは思えないんだ。確かに悪い奴ではあるし、俺らからしたらいけ好かない奴ではあるよ。でも、あの程度の倫理観の低い人間なんてどこにでもいるよ。でも、ほとんどは犯罪行為はしないよ。ましてや殺人なんてさ」
桐山の言うことは理解できた。
確かにあの二人がそんなに特殊な人間だとは思えない。
「要するにお前が言いたいのは、いろんな偶然が重なったせいで、あの二人は美人局なんて犯罪を計画し、その流れで殺人もしてしまったと言いたいのか?」
「そうだ。だからってあの二人に同情はしないし、かばうつもりもないけどな」
桐山の言うように、あの二人がやったことは悪いことであり、明確に犯罪だが、あの二人が特別悪い人間には思えない。言ってみればどこにでもいるようなタイプだ。
反対に中川とか昨日の美人局のカモだった中年男も、どこにでもいるようなタイプだ。
そして、その被害者二人がすごく善人だったかって言うと、そういうことでもない。
中川だってお金を使ってあっちこっちの女に手を出そうとしていたわけだし、もう一人の中年男もお金で女を買おうとした売春の客だ。
特別悪いとも思わないが、倫理観の高い人間ということでもなさそうだ。
そんな風に考えると、ミズキは自分の好きな人を姉とその恋人に殺されたということでは不幸ではある。
でも、そのミズキだって結局あの日しか中川に会っていないのだから、果たしてどこまで思い入れがあったのか疑問だ。
「俺が今回のことで強く思ったのは、俺たちってこれまで、うまく行ってる奴のことをうらやんでいたけど、そいつらだってそんなにいいものじゃないってことだ」
桐山の言ったことが、俺の胸に染み入った。