俺は部屋に飛び込んだ。
するとヒリュウが男の胸倉をつかんでいた。
「待て!」
俺は叫んだ。
俺の方をヒリュウと美紀と男が見る。
おでこに正義と書かれたマスクとマントの姿は異様だったのだろう。三人とも一瞬理解できないというような表情をした。
「あっ、お前はこの前の……」
ヒリュウがハッとして言葉を発した。
「おい、やめろ。お前らが美人局の犯人だってことはわかってるんだ」
俺が言った。
「えっ、美人局?」
胸倉をつかまれている男が驚いていた。
「そうです。そいつらは美人局なんですよ。あなたに近づいたのは初めからそれが目的なんです」
俺がそう言うと、
「そうなのか?」
と男は藤堂美紀に訊いた。
「な、なに言ってるのよ。そそそ、そんなわけないでしょ!」
美紀は明らかに動揺していた。
「美人局なら金は払わんぞ。騙しやがって! 二万でやらせてくれるって言うから来たんだ」
男が言う。
しかし、そんなに偉そうに言えた立場でもないだろう。
「違うわよ。美人局じゃないわ。そんな変な奴の言うことを信じるの? 私はそんなんじゃない。たまたま彼に見つかって、彼が逆上してるだけなのよ」
美紀は必死に言い訳をするのだった。
「いや、確かにおかしいと思ったんだ。こんなタイミングで来て、いきなり脅して金を出せなんて。どう考えても美人局だ。警察に突き出してやる」
男も必死だ。
「うるせぇ! 他人の女に手を出したんだから、それなりの落とし前はつけてもらうぞ!」
ヒリュウは男をさらにつかみあげた。
「やめろ! お前らの悪事はもうバレてるんだ。手を放せ」
俺はヒリュウに言った。
「やかましい! こうなったら」
ヒリュウはそう言うと、ポケットからナイフを取り出した。
「もうすでに一人殺してるんだ。一人も二人も同じだ!」
ヒリュウはナイフを男に突きつけようとした。
「あっ!」
俺はとっさに前へ飛び出し、ナイフを持ったヒリュウの顔面を殴った。
ヒリュウは顔面に鋭い強烈なパンチを受けて、部屋の端まで吹っ飛んだ。
そして、壁にもたれるような形でぐったりとして動かなくなった。
俺の手にはヒリュウの顔面の骨が砕けた感触があった。
「ヒッ!」
ナイフを突きつけられた男は小さい悲鳴を上げた。
「ああっ、ヒリュウ!」
美紀が叫んだ。
「まさかお前らが中川を殺したのか?」
俺は美紀に訊いた。
「私じゃないわ。彼よ。彼がパニックになってやっちゃったのよ!」
美紀は半狂乱の状態になっていた。
そこに誰かがやってくる足音が聞こえた。
「勝手に入っちゃだめだよ」
と声が聞こえる。どうやらホテルの従業員だ。
俺とヒリュウが勝手に中に入ったので、それに気づいて注意しに来たのだろう。
「ヤバい」
俺は見つかると厄介だと思い、急いでその場から逃げ出そうと部屋から廊下に出た。
すると、もうそこには男の従業員と女の従業員が二人いた。
俺はその二人を割るようにして廊下を走って外へと向かった。
従業員の二人は弾き飛ばされた。
「おい! 待て」
従業員の一人が俺にそう言うが、俺は当然無視した。
ホテルの外に出ると、急いで桐山のところへ行った。
「ヤバい。逃げろ」
俺がそう言うと、
「え、なにがあったんだ?」
と桐山は言う。
「とにかく、ここから離れるぞ!」
俺はそう言いながら、急いでマスクとマントをはずしてカバンに入れた。
「あ、ああ、わかった」
桐山は戸惑いながらも、俺と一緒に走ってその場から離れた。
「ここまで来ればとりあえず大丈夫だろう」
俺はさすがに少し息が上がっていた。
「ハァハァ、こんなに走ったのは久しぶりだよ。それにしても、いったいどうなったんだ?」
桐山はかなり息が上がっていた。
俺は簡単にホテルの部屋であったことを説明した。
「そういうことか。確かにホテルの従業員に見つかったら厄介だな」
「そうだよ。警察とかに連れて行かれたら、面倒なことになるからな」
「しかし、その話からすると、中川をやったのもヒリュウってことだな」
「そういうことのようだ。あまり話を聞けなかったけど、ヒリュウの言ったことと美紀の話を合わせると、おそらくヒリュウと美紀で中川に美人局をしようとして、脅すつもりがうまくいかずに逆上して殺してしまったってことなんだろうな」
俺は自分の推理を話した。
「うん。俺もそう思うよ。あの時、ミズキが中川と別れた後に美紀と会ったんだろう。それで美人局をしようとしたと」
桐山は言った。
「そういう風に考えるのが自然だと思うな」
俺たちは、話ながら歩いて家に向かった。