翌日、早速俺は桜川が仕事に行く時に、隠れて様子を見ることにした。それでつけている奴を見つけることができればいいし、見つからなかったら、桜川の思い過ごしだということで終わらせられる。
桜川からは家を出る時間を聞いていたので、その時間に物陰に隠れ、桜川が家から出てくるのを待った。
周りの様子をうかがってみたが、怪しい者はいないかった。
桜川が玄関から出てきた。
俺は離れてその後をつけて行った。
桜川から連絡が入った。
どうですか?
と来たので、
特に誰もつけている人はいないようだよ。
と返した。
実際誰もそういう人はいない。むしろつけているのはいまは俺だ。
なんだか変な状況だなと思いながら、駅まで行き、そしてそのまま電車に乗った。
電車内でも怪しい人はいないようだ。
ただ、普通に通勤している人たちにしか見えなかった。
そして、桜川の働いている書店の最寄り駅で降りて、そのまま会社までなにもなく到着した。
「どうだった? 誰かつけていた感じある?」
俺は桜川が書店に入る前に訊いた。
「いえ、今日はまったくなにも。でも、いつもは誰かがつけている感じが本当にあるんです。信じてください」
俺としても、別に桜川が嘘をついているとは思っていない。
だが、これでは解決の方法がなかった。
「仕事中は見られている感覚とかはないの?」
「それはないです。いつも仕事に行く時と帰る時です」
「うーん、それじゃあ、帰りにまた調べてみるか」
「お願いします」
桜川は頭を下げた。
俺としては面倒なことになったと思いながらも、乗り掛かった舟だから、いまさらやめるわけにもいかなかった。
俺はいったん家に帰り、桜川が帰宅する時間に、また書店まで来た。そして、物陰で桜川が帰るのを待っていた。
時間になると、桜川はきっちり出てきた。
そして俺の存在を確認して、そのまま声をかけずに駅へと向かって歩き出した。
自宅の方と違って人通りが多いが、やはり怪しい奴はいないようだ。
俺は少し離れて桜川について行った。
そして、駅に着く間際だった。ジーンズにジャンパーを着て、キャップを被っている男がいることに気づいた。
いつからいたのかわからないが、桜川のことを見ている。
そして、スマホを取りだして写真を撮ったりしていた。
いかにも怪しい。
俺は、そいつから目を離さないようにして、桜川と一緒に電車に乗った。
男も一緒の車両に乗り込んだ。
電車内では特に動きはなかったが、桜川は降りると一緒に降りた。
俺もそれについて降り、また後をつけた。
男は桜川から少し距離を取って、静かに後をつけている。
俺はさらにその後をつける格好だ。
桜川が自宅に着くと、男はそのまま行き過ぎた。
俺はその男を呼び止めた。そして、男が振り向いたときにスマホで写真を撮った。
すると、男は、
「あっ!」
と言って走り出した。
俺は慌てて男に飛び掛かった。
すると男が暴れたので、俺はその男の腹に軽めのパンチを喰らわせた。
「ウッ」
と息が詰まったような声を出して、男は静かになった。
「あんたは一体なにをやってるんだ?」
俺は男の胸倉をつかんで詰問した。
そこに桜川もやってきた。
「この男を知ってる?」
桜川に訊いた。
「いえ、知りません」
桜川は首を横に振った。
「どうしてこの子のことをつけてたんだ?」
俺は男に訊いた。
しかし、男は口をつぐんでなにもしゃべろうとしなかった。
「黙ってないでなにか言ってよ」
俺がそう言っても男はやはり黙っている。
仕方がないので、俺は男の腹をもう一度殴った。
「ウグッ」
男は苦しそうに呻いた。そして、
「わ、わかったよ。俺は依頼されてその子のことをつけてたんだ」
と言った。
「どういうことだ?」
「俺はある人から、その子が他に男がいないか調べるように依頼されたんだよ。それで通勤の時に後をつけたんだ」
「ふーん、それで、誰がそんな依頼をしたの?」
「それは言えん」
男は強く拒否した。
「ええ、言ってくれないと、また殴らないといけないよ」
俺はできれば暴力的な事はしたくなかった。
しかし、男はそれでも依頼人だけは言おうとしなかった。
「仕方がない」
俺はそう言うと、拳を握った。そして、さっきまでよりも強めに男の腹を殴った。
「ウグッ!」
男はこれまでとは比較にならない痛みに悶絶した。
「早く言ったほうが身のためだよ」
俺は男に迫った。
男は苦しそうに腹を押さえて悶えている。
「わ、わかった。土井真治だ」