「へえ、そんなことがあったのか。それにしても桜川の男ってそんな奴だったのか」
「そうなんだよ。見た目なんかはカッコいいし、まともな感じなんだけどなぁ。中身はだいぶ違うみたいだ。横暴っていうのかなぁ、ああいうのって」
「まあ、そうなんだろうな。これまでの人生、すべて思いどおりなってきたんだろう。だから、ちょっとでもそうならなかったら我慢できないんだよ。ま、俺たちとは真逆だな。ハハハ」
桐山は自虐的に笑った。
「ところで、今日もさっき、チンピラ風の男二人に襲われたんだよ」
「へぇ、お前最近そんなこと多いよな。それで?」
「ナイフで刺されそうになったけど、なんとか逃れて逃げてきたよ」
「なんで、お前がそんなチンピラに襲われるんだ?」
「おそらく、桜川の元カレが連中に頼んだんだよ。俺のことを痛めつけるように」
「マジか? 怖い話だな。しかし、女にフラれたぐらいでそこまでするか?」
「俺もそう思うんだけど、これまで何度か話したことがある爺さんの話からすると、そう考えていいと思うんだ」
「ふーん。でもその爺さんって、なんでそんなことわかるんだ?」
「それは俺にもわからないよ」
「ま、いずれにしても今度からそういう別れ話に付き添うときは、覆面でもして顔を隠しておいた方がいいな。そうしたら後々、そんな連中に狙われなくて済むし。ハハハ」
桐山は冗談のつもりなのだろうが、俺はなるほどと思った。
それから数日たった時、桜川から連絡があった。
会いたいというのだ。
なにかあったのかもと、俺はその時ビンと来た。
そして、連絡があった翌日のバイト終わりに、桜川と会った。
「なにかあったの?」
俺は会うなり訊いた。
「実は、あれから彼につけられているようなんです」
桜川は不安げに言った。
「彼って、あの別れた彼?」
「はい。でも、ハッキリと確認したわけじゃないんで、確証はないんですけど、仕事に行く時とか、気配を感じるんです」
桜川はそういうのだが、俺には判断のしようがなかった。話をそのまま信じるなら、あの男が付きまとっているのかもしれないが、気配を感じるというだけだと、単なる被害妄想ということもあり得る。
「それで、相手はなにかしてきたりするの?」
「いえ、そういうわけでは……。でも絶対誰かがつけているのは確かです。それで、そんなことをするのは彼しか思いつかないし……」
確かに、本当にそういうことがあるのなら、あの男しか考えられない。現に俺もチンピラに襲われたが、あの連中の後ろには、桜川の元カレがいると思っているのだ。
そんな風に考えると、フラれた腹いせにあの男がストーカーのようなことをしているのもあり得るように思えてくる。
「でも、どうしたものかなぁ」
俺はそれに対して、どう対応したらよいのかアイデアはなかった。
ストーカーを退治するのは、いまの俺なら簡単だろうが、そもそもそういう奴が本当にいるのか。それにそいつを捕まえるためには、俺も桜川についておかなければならない。そんな時間はさすがの俺にもない。
「お願いします。このままでは私、不安で毎日気持ちが休まらないんです。もう、どうにかなってしまいそうで……」
そう言って桜川は涙ぐむのだった。
俺はそんな桜川を突っぱねるわけにもいかず、それになんとかしたい気持ちもあるので、
「わかったよ。じゃあ、とりあえずそういう人が本当にいるのか、それがあの彼なのか確認しよう」
と言った。・
「ありがとうございます」
桜川は急に明るい声を出した。
まぁ、やるだけやってみるか。
俺はなんとか桜川の期待にそえる方法を考えることにした。
しかし、どうしたものか?
「あのう、つけられてるって仕事に行く時だけなの?」
俺が訊いた。
「それ以外もあるのかもしれないですけど、最近は仕事以外で出かけることがないので、たぶん……」
考えてみたら、仕事は行く時間もだいたいいつも一緒だし、付きまとう方からしたら都合がいいか。
「よし、じゃあ、とりあえず明日仕事に行く時に、俺が見張ってみるよ。ひょっとしたらそれで付きまとってる奴を捕まえられるかもしれないし」
「お願いします」
桜川の願いだからなんとかしたいという思いで引き受けたのものの、バイトを休まないといけないと思うと気が重かった。
最近、なにかと休んでいるので給料が少ないのだ。
俺は、こうやって桜川と関われるのは嬉しいが、ため息も出てしまった。