「初めから素直に出しておけばこんな目に遭わずに済んだんだよ」
半グレ男はそう言って、受け取った財布から紙幣を抜き取り、財布を投げて返した。男の手には数千円が握られている。
「たった、これだけしかないのかよ」
男は手にした金を見て言った。
男は高校生ぐらいの年齢だろう。おそらく高校には行っていないだろうが。
相手は三人だった。
家に帰ろうと歩いているところを絡まれて、人気のない路地裏に連れて行かれた。
金を出すように言われが、渋っているといきなり一発殴られて、倒れたところを腹を蹴られた。
それですぐに抵抗する気はなくなった。
なんせ相手は見た感じからしていかにも悪そうな奴らだ。腕にはタトゥーがあるし、首の周りにはジャラジャラと太い金のネックレスをしている。指にはシルバーアクセサリーだ。
いったいこの若さでどこからそれらのアクセサリーを買う金が出るのかと思うが、おそらく俺にような人間から巻き上げているのだろう。
財布を出し、相手に渡した。
そして言われたのが、さっきのセリフだ。
俺は自分が嫌になった。どうしてこんな目に遭うんだと悲しくなる。
思えば、これまでの人生ろくなことがなかった。カツアゲに遭うのはこれが初めてではない。回数は数えていないが、五回目以上だろう。
カツアゲとまでは言えなくても、中学の頃は、よく奢ってくれと言われて、無理やり奢らされたことも多々ある。あれもカツアゲに入れたら、もう数えられないぐらいだ。
ああ、俺に人生は本当につまらない。
俺は投げ返された財布を拾い、トボトボと歩いて再び家に向かって歩き出した。
蹴られた腹が痛む。殴られた頬もズキズキしている。
警察に行こうかとも思ったが、この程度のことでどうせ大した捜査なんてしてくれるわけがない。話を聞くだけで終わりだろう。
ああ、バカバカしい。
俺は今年で二十三歳だ。あんな自分よりもかなり年下の連中にカツアゲされるなんて、なんてみじめなんだ。
痛む腹を撫でながら、家に入った。
家といっても、両親と同居だ。アルバイト生活の俺に、一人暮らしなんてできるわけもない。
高校を出て就職をしたが、三か月で辞めて、それからはずっとフリーターだ。
親は就職しろと何度も言ってくるが、いまはその気はまったくない。就職なんかしても、どうせろくでもないつまらない毎日になることは簡単に想像できる。
とてもじゃないが、履歴書を書いて就職活動をする意欲なんてわくわけがなかった。
俺は両親に見つからないように、二階の自分の部屋へと向かった。
「ああ、痛い」
俺は殴られた頬を擦った。
鏡で確認すると、口の周りが少し青くなっている。
「どうして俺はこんなに弱いんだ。クソ!」
俺は自分に腹が立った。
昔からだ。
小学生の時から、いつも強いものへのあこがれがあった。そう言えば、高校一年になった時に、近所のカラテ教室にいったこともあるが、一か月持たなかった。
元々体力がないのだ。体育はずっと二だった。
財布には確か三千円しか入っていなかったはずだ。それでも俺にとっては次のバイト代が入るまでの全財産だ。
俺はベッドに寝転がった。
疲れていたのだろう。すぐにうとうとしてきた。
「おい、口が臭いから近づくな」
俺は絡んできた半グレの男に言った。頭は金髪で、腕にはタトゥーが彫られている。
「何だとコラ!」
男が一気にブチ切れる。そして、殴りかかってきた。
それを、俺は後ろに下がりながら相手のパンチをかわし、男の股間を蹴り上げた。足の甲に大事なところの潰れる感触が伝わる。
「ギャ!」
男は悶絶してその場に倒れ込んだ。
「おいおい、いきなり殴りかかるなんてルール違反だぜ」
俺は倒れた男に余裕でそう言ってやった。
すると、金髪男の仲間二人が襲いかかってきた。
「お前らもやられたいのか。しょうがない」
俺はあきれ気味にそう言うと、襲いかかってきた二人の男を、一人はパンチでノックアウトし、もう一人を担ぎ上げて、路地に置かれているゴミ箱へ投げ入れた。
「まったく、弱いくせに粋がるんじゃねえよ。真面目に生きな」
俺はそれだけ言うと、その場を立ち去った。
路地を出ると、
「タカシ、タカシ」
と自分を呼ぶ声が聞こえた。
その瞬間、俺は目を覚ました。どうやら一瞬眠ってしまっていたようだ。
目を開けると、そこには母親が立っていた。
「うわああっ」
俺は思わず声を上げた。
「なによ、ちょっと。お化けを見たみたいに驚いてさ」
母親はあきれ顔で言った。
「な、なんだよ。勝手に部屋に入ってきて」
「いや、晩御飯の用意ができてないから、あそこのコンビニにでも行ってなにか買ってきなさい」
母親は手に千円札を持って、こちらに差し出した。
「え、オヤジは?」
「お父さんは今日は飲み会だって」
「あ、そうなんだ」
俺は千円札を受け取った。
「あんた、顔、どうしたの?」
母親があざのことを言ってきた。
「ああ、これは、そのう……。ちょっと電柱にぶつかったから、その時にでもできたんじゃないの」
さすがにこの歳でカツアゲにあったとは言いにくかった。
「あら、そうなの。気をつけなさい」
そう言うと母親は部屋から出て行った。