「さあ、大賢者よ…… あなたにしか、これは成し遂げられないことです」
「…………」
「さあ、お願いします、大賢者。あなたに、成し遂げられぬことなど何もないはずです」
「…………」
「大賢者よ! あなたの偉大なる第1歩を、この地に刻むのです!」
勇者は思っていた。
こういう厨2っぽい
勇者たち一行は、いま、ある洞窟にきている。
そこの住人である神託の賢者を説得し、勇者の魔王討伐パーティーに入ってもらうためだ。
パーティーのメンバーは同じく神託を受けた聖女と
なにしろ、神託の賢者は史上最強との噂も高い男。10万年も前からこの世界に存在しているといわれる、不老不死の大賢者なのだから。
彼に動いてもらうことこそが、勇者パーティー最初の試練ともいえよう。大袈裟に言っているのではない。
伝説の大賢者は、人嫌いでもまた、有名なのだ ――
勇者は思っていた。
だからって、こんなのありか?
「さあ、大賢者よ! 我々と行きましょう! この一歩が、あなたにしか成し得ぬ、歴史に残る伝説の第一歩……!」
「………………」
勇者が恥をしのびつつ勧誘をいくら繰り返しても、大賢者は下を向きブツブツとなにかを呟き続けるだけなのだ。
もしや…… 勇者たちは身構えた。
(私たちの勧誘をウザがって、撃退しようと大魔術を仕掛けているのか……?
くっ…… ならば応戦し、我らがパーティーの力を認めてもらうしかない!)
「………………」
際限なく呟かれる文言。いったい、伝説の賢者はどれほどの大魔術を駆使しようとしているのか…… 勇者は耳を澄ませた。
「…… やだよお外こわい魔物こわい人間もっとこわいお家にいたいよどうしてずっと引きこもってただけで大賢者とか言われちゃってんの俺ほんと意味わかんねーわ……」
「それ、10万年も引きこもっていたせい以外に理由ある?」
勇者は悟った。パーティーの最初のミッション 『大賢者を仲間にする』 が、早々に挫折しようとしていることを。
10万年のヒッキー、魔王より手強い説。
―― 勇者、聖女、
魔王を倒すためにも、この程度の障害にくじけるわけにはいかない。なんとしてでも大賢者を説得し、10万年ぶりに洞窟から引きずり出さなければ……!
まずは聖女が慈愛に満ちた笑みを大賢者にむけた。
「あーしも 『お家がいちばん』 って気持ち、わかるよ、大賢者」
うっ…… 勇者は目を潤ませた。
―― 聖女は日本という異世界から召喚されて、この国にきたのだ。
勇者たちを気遣ってか、いつも明るく振る舞ってくれている聖女だが……
本音では実家が恋しいのだ、と勇者は気づいてしまった。改めて、胸塞がれる思いである。
「でもね、この世界にもいいところ、あるよ? 大賢者も外に出てみたら、わかるし」
うっ……
―― 魔王を倒した暁には、聖女を日本に帰してあげなければ……
仲間たちの思いを知ってか知らずか、聖女はひときわ無邪気に大賢者に話しかける。
「たとえば、推しの百合カプが神連携してる戦闘シーンを間近で
「「え」」
勇者と
聖女は匿名にすれば身バレしないと信じているようだが…… まさか、そんな目で見られていたとは。
―― これ、どうする?
―― スルーするしかないでしょ
目配せしあう勇者と
「これこれこれ、まじキタこれーーー!」
聖女は、目を潤ませつつ叫ぶ。
「あーもー! 目線ひとつで通じあう絆がもう美味しすぎる! あーし! ここに存在しててごめん! まじに透明な壁のシミになりたい!」
―― わ、私は…… そこまで聖女に疎外感を与えていたのか…… リーダー失格だ……!
―― いいんじゃない? 幸せそうだし
うつむく勇者の肩を
「ねー、大賢者。外に出ろとかじゃなくてね? 一緒に壁になろ? それで、じっくり推しカプ鑑賞しよ? ね?」
「…………!」
聖女の誘いに、揺らぐ大賢者。
勇者は意を決した。
―― 聖女のためだ。そして、魔王討伐のためだ。
透明な壁に美味しく鑑賞される程度、耐えなければ……!
「そうだ! 大賢者よ、ぜひ、壁として我々に協力してほしい! 頼む!」
「………………!」
必死で頼みこむ勇者から目をそらし、大賢者はまたしてもなにかをブツブツとつぶやき始めた。
空気が緊張する。力のもととなる
―― これはもしや、ある入り江を一瞬で埋め立て地にしたという、恐怖の大魔術……!?
呪文を聞き取ろうと勇者は耳を澄ませる。
「…… 肉体変換、物質・壁。屈折率改変 …… 」
「まじに壁になろうとするな!」
すでに遅し。
大賢者は、半透明の壁になった。壁面から妙に漂ってくる、やさぐれ感……
「…… 壁になってって言うから俺もたしかに壁ならいけるかもと思ってなってみたのに止めるとかひどい…… 嘘つかれすぎてもう病みきった…… いや本気にした俺が悪いんだどうせ俺は10万年引きこもるしか能のなかったコミュ力ゼロのヒッキー…… ふふふ笑えよわかってるんだよ俺がどんなに惨めな存在かなんて、ふふふふ……」
「い、いや、そういうんじゃない! あなたは偉大な神託の賢者だし、ヒッキーなのに伝説になってるなんて、逆にすごいじゃないか! 私だって、嘘をついたつもりはないんだ!」
「…… いいんだこんな美少女たちが俺を勧誘に来るだなんて10万年もこじらせた引きこもりの妄想で本気にしたとたん消えてなくなる蜃気楼でしかないだなんてわかりきっている…… ああ早く死にたい……」
「あー、壁! なってほしいなー! まじで! 私は壁、大好きなんだよなー! ほんと、壁しか勝たん!」
「そうよ! 壁でかつ大賢者だなんて、世界でただひとり…… いえ、ただ1枚の壁よ!」
が、壁は、がくっとうなだれた。
「そんな…… 期待が大きすぎて押し潰される……」
「だっ、大丈夫だ! いまは、あなたが押し潰す側だ!」
「そうよ! 壁 だ け に ね !」
壁は、しょんぼりと土いじりを始めた。
「…… どーせ…… 壁…… そうさ…… 俺は…… どーせ…… 壊滅的に空気読めなくて人の心を押し潰す…… 壁……」
「気にしてはダメよ! 壁って、とっても役に立つんだから!」
「壁といえば、敵の攻撃から仲間を守るタンク役! そのうえ大賢者だから、攻撃呪文もバッチリ!」
「つまり、敵と戦う間に、あーしたちは壁賢者の後ろで焼き肉パーティーできるってことだよー! すごくね!?」
「なぜ焼き肉なのよ!?」
「いやむしろ、カードゲーム大会では」
「ちょっとまって、それならダーツ大会じゃない!? 前で攻防、後ろで娯楽。これぞ
壁は、がっくりとうなだれた。
「…… どーせ…… どーせ俺は…… 10万年前にサタンをダーツゲームで負かしてショックを与えてしまったことを今でも気にしてる小心者…… ふふふふ…… 笑うがいいさ…… ふふ……」
「いやそれ優しいな!?」
「サタンのほうは忘れてる、に魂3コー!」
「聖女に救いを求めて集う迷える魂を、賭け事につかうんじゃないわよ!」
ばきっ……
うなだれすぎた壁は、ついに2枚に折れた。1枚が大、1枚が小だ。
「これ、大賢者、どうなってるんだ?」
「人に戻したらー、ちびっこ賢者兄弟になってるにー! みついでもらった金貨、3まーい!」
「信者からの献金を、賭け事に使うんじゃないわよ!」
「………………」
さめざめと涙を流す大きい壁に、小さい壁がそっと、寄り添う。
「まあ…… まずは、修復しにいこうか」
こうして、勇者パーティー一行は折れた壁 (大小セット) を荷車にのせ、山を降りたのだった。
―― 後日。修復が雑だったためか壁は再び折れて大・中・小の3枚になる。人に戻るとなぜか、男・男・女だった。壊滅的なマイナス思考を持つメンタル弱者の兄、パスみの濃い最強魔術師の弟、優しさの塊のような妹の三きょうだいだ。
彼らは勇者パーティーのメンバーとして旅を重ね、やがて魔王と対峙することになるのだが…… それはまた、別の物語である。