「えー、政権改変という、大変慌ただしい中に足をお運び頂きまして…」
もうどうにもならないと、お医者に見離された。
「本当にお忙しい中、ねぇ?皆様、本当にお忙しい中、うふふ、ホントにお忙しい中に?たっくさんの、うふふ、おはこびで…」
せめてもう一度。と、リハビリに励むも叶わず。
吐瀉吐血に塗れ、意識を失う。
「真にありがとう存じます」
それは、彼が人間だった頃の記憶。
「一生懸命のおしゃべりで御座います」
気が付くと、ゴブリンに生まれ変わっていた。
「我々ゴブリンなどという種族は、人間様と比べると寿命もごく儚いもので。私、もう十年と少し生きておりますが、仲間内ではとっくにジジイと呼ばれる齢に御座います」
小さく、愚かで、醜い魔物。
前世の記憶が戻った時には既に、ゴブリンでは老年という状況。
「私なんぞは、もうすっかりヨボヨボですが、かつて里を拓いたゴブリン達はみな逞しく狡猾で、老いてなお活力に溢れるようなものばかりでありました」
何もなくとも、あと二年かそこらで命は尽きる。
「しかし、ひとつところに定住し十年も経てば世代がすっかり交代し、ボンヤリとしたようなのが増えました。そりゃそうですな、オギャアと声をあげた時から里は平和。外敵がいないからこそ選んだ土地で御座います」
なるほど。
せめてもう一度。という、願いが届いたという事だろう。
「それは里長からしてもそうで。開拓者から数えて孫の代にもなりますと、威勢ばかりで実のない、随分と頼りないのがおさまります。しかしながら、そうした者こそ功を焦るもので…」
老人から老ゴブリンへの輪廻転生。
もしかしたら、いやがらせだったのかもしれない。
『やい!ジジイ』
『やいとは随分だな三代目。年上は敬うものだ』
『何言ってやがる、干し過ぎたトマトみてぇな顔しやがって』
『おいおい。まさか喧嘩売りに来たんじゃないだろう?』
『当たり前だ。知りたい事があって寄ったんだよ』
『なんだ?』
『この世の中にはドラゴンなんてのがいるな?』
『うむ、巨大なトカゲに羽があって火を吹く。ドラゴンはいるな』
『アレは何であんなに首が長いんだ?』
『まさかそれを聞きに来たのかい?』
だってこの世界に、魔族内でも卑賤で、穢らわしいゴブリンの話を聞くような人間はいない。
『里が食料不足で困窮している今。三代目はドラゴンの話を聞きに来たのかい?』
『食いモンが少ねぇのとドラゴンはなんか関係あるのか?』
『ないから言ってるんだよ、しょうがない野郎だね。まぁいい。ドラゴンの首が長い理由だな?ふむ…』
しかし噺家はこの転生に、涙すら流して喜んだ。
『ドラゴンの頭は高いところにあるな?』
『あるな』
『では首が長くなければ頭に届かないな』
『あー、何だ逆?頭が先にあったの?』
『それはそうだろう。頭は首の先にあるものだ。頭の先から首が伸びてるなんてのは、あんまし格好の良いものじゃぁない』
『じゃあなんで頭はそんなところにあるんだよ?』
『まあ、首が長いからだろうな』
『おいおい、バカな野郎だね』
『うむ、流石に…』
『短くしときゃいいのに』
『もう引っ越すか…』
ありがてぇ、ありがてぇ。
おかげさまで、また高座に上がれる。
『つまりドラゴンはバカなんだな』
『バカならどうした?ええ?オマエさん里長だろう。ドラゴンの頭の具合より、里の食料の具合を心配したらどうだ』
『じゃあ倒せるか…』
『心配しなくちゃならないのは、オマエさんの頭の具合だったか』
臭くて醜いゴブリンだぁ。
愚かでヨボヨボのゴブリンだぁ。
これはホントに……都合がいいや。
薄ら笑うその理由は、神様にすら分からない。
「尊敬を集めたかったのか、箔でも付けようとしたのか。つい先だって先代里長が逝去致しまして、継いだばかりの三代目で御座います。一体誰に何を吹き込まれたのか、弟分である側近ゴブリンを連れ立ってドラゴンの討伐に里を出てしまいました」
前世の記憶の戻った老ゴブリンはひとり、人里へ向かう。
着いたのはとある王国の城塞の外。
税金が払えず、街に入れない食い詰め共が開いた浮浪者街。
間もなく餓え死にというような汚い老人を脅して、縄で手足を縛らせる。
そのままゴザの上に座り、老人に人を集めさせた。
『し、しかし兄ィよぉ。ホントにドラゴンなんてやっつけれるのか?』
『倒せる。敵を知り己を知れば百姓あやすカラス、ってやつだ。つまり知ってりゃ倒せるように出来てるんだよ世の中ってのは』
『でも、でもオレらの剣じゃあ鱗一枚剥がれないってジジイが言ってたぞ?』
『はぁ、コイツは全くよぉ。知らねぇんだからなぁ…』
『何をだ?』
『ペンだ。知らねぇだろ?ペンは剣より強し、てぇ言葉がある。イマドキ剣なんてクソの役にも立たねえ。みんなペンで戦ってんだよ』
『ふぅん、剣でなくペンか。さすが兄ィだぁ。でもペンってなんだ?』
『それはこれから探す』
ちょこなんとゴザに座り、ゴブリンが人間の言葉をベラベラと話す。その話は妙に人間臭くて、浮浪者街の者達を更に驚かせた。
「さあペンという物が分からないゴブリン二匹。道中で弱そうな人間を襲い、ペンを寄越せと脅しをかける」
浮浪者街での僅かなおひねりで糊口をしのぎながら、ゴザを少しずつ城門に近づけていくゴブリン。城門に並ぶ商人や冒険者に向けて、今度は話を披露する。
パトロンは意外と早く見つかった。
本職の見世物小屋の主人が、人語を話すゴブリンの噂を聞きつけたのだ。
「しかし人間の方はというと首を振って食料を差し出すばかり。そりゃそうでしょうな。襲って来た相手はゴブリンで御座います。当たり前の事ですが…」
そうして檻に入り、まんまと城下街で話をはじめた老ゴブリン。その見世物小屋のノボリには何故だかこんな文言が書かれていた。
「『ゴブリンの言葉など、人間には分からない』」
はて、かのゴブリンは確かに人の言葉で話していると、首を傾げる見物人達。
その真意は、街で大盛況の見世物小屋に、王様が訪れた時に知れた。
「コレがペンか、アレがペンかと、やたらに人間の道具を奪うゴブリン。地元のスライムに一々尋ねまして、どうにか手に入れましたが、今度は使い方が分からない。腹も減ったし一度帰ろうと弟分に泣きつかれ、しぶしぶ里に戻る事にしましたが…」
最初は手を叩いて喜んでいた王様。
「ドラゴンに会えもしなかったなんてのは、どうにも気前が悪い。なので『すんでのところで逃がしちまった』なんてつまらねぇ嘘をつきまして。『コレがドラゴンを追い詰めたペンなる武器だ』などと話を盛りに盛る」
しかし、その笑顔は直ぐに消える。
「里は、別のゴブリンにすっかり乗っ取られておりました。里で二番目に偉い名士ゴブリン。コイツは里長にドラゴンを倒しておいでと吹き込んだヤツでした」
だって王様は、一体どこで買ったのか、いかがわしい聖杖ひとつ手に持って、国に凱旋したばかりだったから。
「里の困窮を放っといて火竜討伐とは見下げた里長である。全ての地位を奪い放逐すべしと糾弾する名士ゴブリン。里長の方も黙っておりません。自らの武勇を声高に偽り、ドラゴンスレイヤーキングを詐称する」
怒りに震える建国王の孫。
自称、討竜王。
直ぐにでも席を立ち、あの老ゴブリンの首を刎ねてやりたい。
「うんざりしたのは里のゴブリン達。そうでしょうな、どっちが里長になろうが腹は膨れません」
しかし、ノボリの文言。
ゴブリンの言葉など、人間にはわからない。
人間が貴族が、況してや王族が。
下等なゴブリンの言葉を理解するなど、あってはならない。
高貴なる青き血脈が、あの醜悪で矮小な生き物の話を解するはずがない、というフリをさせる。
「病気飢餓失業不作、里のゴブリン達になど目もくれず。『実はドラゴンを倒した』『実は彼奴は妾の子だ』『ドラゴンはダチだ』『彼奴は畑に生えていた大根だ』。稚ゴブリンすら耳を塞ぐ、デマゴギーの応酬。嘘はどんどん重なり天にも届くような有様。大の大人が雁首揃えて延々と口喧嘩を続けております」
やがて、他の見物人もノボリの意図を理解したものか。
口々に、いやぁゴブリンの言葉は分からない、などと、そらっとぼけ始める。
そうしてニヤニヤと、王様に視線を向けるのだ。
「醜い醜いゴブリンの口喧嘩は、夜中まで続きましたがとうとう決着はつかず。一度解散して翌日に持ち越しという運びになりました」
老ゴブリンは知っていた。
「帰ったら帰ったで最重要の執務は翌日重ねる嘘のネタ」
偉いヤツが無抵抗で殴られているのは、笑える。
『兄ィ。このペンっての、腹から黒いのがどんどん垂れてくる』
『ああもう、はなせはなせ…』
殴ってるヤツが自分より惨めなら、尚更よし。
『もってんだよ』
はだかの王様という、お話。