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<11・取り憑かれし者。>

 図書室でただ、息を潜めて待っている時間。すぐ傍に、祈がいる。それだけでひかりは心臓が高鳴ってどうしようもない。

 だってそもそも自分が秘宝管理クラブに来たのは、祈のことを知りたかったから、ただそれだけであったのだから。


「ね、ねえ、祈くん……」


 今やっていることは、いわば警察の張り込みのようなもの。下手なおしゃべりなんぞしている暇はないと分かっているのだが。


「その……秘宝に関することってさ。国家機密、なんだよね。だからほとんどの先生や生徒は秘宝の存在も、クラブの本当の正体も知らないんだよね?」

「そうですね」

「なんで……私には教えてくれたの?そりゃ、結界を無視してあの部屋に興味を持てたってことは、秘宝管理士の資格があるってことなのかもしれないけど。でも、私……春風くんと喋ったことはがあるわけでもないし」


 これは、正直気になっていたことだった。そもそもいくら部屋に誘い込まれた人間だとしても、ひかりが本当に秘宝管理クラブに興味を持つかは別問題なのである。勧誘した結果、それで断られたら。無駄に機密を知る人間を増やしてしまう結果になったのではなかろうか?

 それはそれで、彼にとっては大変不都合な状況になった気しかしないのだが。


「喋ったことはありませんでしたけど。実は、貴女のことは前から知っていましたよ」


 すると、祈は意外なことを言い出したのだった。


「去年の暮れのことです。貴女は廊下で、先生にものすごく怒っていましたよね」

「え」

「後ろに年下っぽい男の子を庇ってました。その子は泣いていて……先生に、ちゃんと話を聞いて欲しいと訴えていたように思います。覚えていませんか?」


 それって、とひかりは目を見開く。

 三学期のことだ。同じ通学班、当時二年生の男の子がトラブルに巻き込まれたのである。彼は、廊下の硝子を割ったと疑われてとある女の先生に叱られていたのだった。少年はパニックになり、まともに説明もできないような状態だった。たまたま通りがかったひかりが見かけて、仲裁に入ったのである。

 というのも、その少年はとても気の弱いタイプだったと知っていたからだ。一人でバッドを振り回して硝子を割る、なんてアグレッシブなことできるはずもない。そもそも、この手の遊びは複数人でふざけていてやらかしてしまうことが多いはずだ。

 真相はこうだった。彼のクラスの男子数名が、廊下でバッドをぐるぐる振り回して遊んでいたのである。それが運悪く硝子にぶつかって派手に割れてしまった。そこに少年が通りがかったところ、見つかったと思った悪ガキたちは慌てて逃げ出したのである。

 そして駆けつけてきた先生に言いつけたのだ――あの子が、バッドで硝子を割った、と。先生は悪ガキたちの言葉を真に受けて、少年の言い分も聞かずに叱っていたのだった。多数の口裏合わせと、混乱してまともに喋れない臆病な少年。先生は一方的に、前者の言い分が正しいとみなしてしまったのである。

 無論、その真相をひかりが知ったのはもう少し後になってからのこと。しかし、先生が男子たちの言い分しか聞かずに彼を犯人と決めつけているのを見て、思わずぷっつんしてしまったのである。だからこう言った。


『両方の話もちゃんと聞かずに、片方が悪いって決めつけるなんて!それが、教師のやることなんですか!?』


 確かに、悪ガキたちの中には、表向きは優等生と呼ばれる少年もいたのは事実。それでもだ。


『生徒を平等に愛せないなら、教師なんかやめちまえっ!』


 我ながら、過激なことを言ったと思う。

 しかし、もし自分が間に入らなかったら――彼は本当に犯人扱いされて、割れたガラスの弁償をさせられていたのではなかろうか。


「あの件、見てたんだ。うわ……恥ずかしい」

「恥ずかしいことなんてありません。僕は、感激したんです。貴女は誰かのために一生懸命になれる人だと。誰かを助けることに、全力を注げる人間だと。とっても仲間想いの人間だと」


 だから、と祈は微笑んだ。


「そんな貴方に、仲間になってほしかったんです。実際、僕の判断は間違ってませんでした。秋野さん、貴女は今日まで本当に頑張って仕事をしてくれています。僕は、心から感謝してるんです」

「春風くん……」


 まさか彼が、自分のことをそんな風に思ってくれているなんて思いもしなかった。なんだか恥ずかしくて、頬が熱くなる。自分がしてきたことの全てが正しかったとは思わないけれど――それでもきっと、間違っていないこともたくさんあったのだろう。


「この件が片付いたら、何かお礼をしたいんですけど、何がいいですか?」


 そして、とんでもないことを言ってくれるのだ。あわわわ、とひかりは頭が沸騰しそうになる。お礼。きっとそんな深い意味じゃない。でも、ひかりとしてはどうしても考えてしまうのだ。――これはきっと、何かのチャンスではないのかと。

 そう、それこそ、デートしてほしいくらいのことを言っても許されるのではなかろうか。ズルいかもしれないけれど、でも、きっと。


「だったら、その、あの、わ、私……」


 お願いしたいことが、と。勇気を振り絞って言いかけた、まさにその時のことだった。


「しっ」


 突然、祈は唇に一本指を当てて制してきたのである。


「すみません、後にしましょう。……来ました、彼が」

「!」


 そうだった。うっかり忘れるところだったが、自分達は鏡の見張りをしていたのだった。ひかりはそろそろ、と窓の下から覗き込む。薄暗い廊下。よく耳をすませば、きゅ、きゅ、と靴が床とこすれるような足音が聞こえてくる。

 人。それも、大人の男性。ジャージ姿の彼は、周囲をきょろきょろと見回すと、肩にかけた鞄から何かを取り出す。そう、赤い、大きな筆ペンのようなもの。どうやらあれで鏡に文様を書いていたということらしい。

 その手が、最初の魔法陣を書き始めた、その時だ。がらららら、と祈が図書室のスライドドアを開けた。その音に驚き、男がぎょっとしたように振り返る。


「やっぱり貴方でしたね」


 彼の顔を懐中電灯で照らしながら言うのは、祈だ。


「舟木簾先生。……久本先生に魅了の術をかけようとして、毎日鏡に悪戯していたのは」

「!!」


 ひかりは目を見開く。一年生の担任をしている舟木先生。確か、図書室に来ていたのに遭遇したばっかりではないか。




『わわ、ごめんなさい!長話しちゃって……!お客さん来たみたいだから僕は帰ります。仕事もあるし、また来ますね!』




 流石に予想外だった。

 あの大人しくて、年若い舟木先生が――四十代の久本先生に、恋慕の情を向けていようとは。


「人が人に恋をするのに理由は要りません。どれほど年齢に差があっても、同性でも、外国人でも、本気で相手を想い合えるなら恋に垣根なんてないものだと僕は思います。でも……強制的に相手を魅了しようとする術なんて、本来使っていいものじゃない。目を覚ましてください、先生」

「ど、どうして先生……」

「…………」


 舟木は、どこか濁った瞳でひかりと祈を見た。様子がおかしい、と本能的に察する。自分達の声も聞こえぬ様子で、その唇は何かをぶつぶつと唱えているではないか。


「――、――――、――――……」


 それは、何かの言語であるようだった。日本語ではないし、多分英語でもなさそうだということしかわからない。まるで何かに憑りつかれているかのよう。彼はふらつきながら、近くの掃除用具入れに手をかけた。そして。


「……邪魔スルナ」


 舟木先生の喉から発せられたとは思えない、濁った声が響いた。


「邪魔スルナ。アノ人ハ、僕ノモノ……。アノ人ヲ、手ニ入レルタメニ、僕ハ、私ハ……」

「やっぱり、秘宝に憑りつかれている……」


 祈そう呟いた途端。それを肯定するかのように、彼は掃除用具入れを開けた。そしてデッキブラシを取り出すと、突然高笑いを始めたのである。そして。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!死ネ!邪魔者、死ネ!!」

「は、春風くんっ、危ない!」


 とっさにひかりは祈を突き飛ばして廊下に転がった。ガン!と大きな音がして、デッキブラシが壁を殴る。結構な力だ。いくらデッキブラシとはいえ、殴られたら大怪我をしそうである。


――あの舟木先生が、生徒を殴りつけるなんて!やっぱり、おかしい!これが、秘宝に憑りつかれるってことなの……!?


 ブラシを振り回しながら向かってくる先生。このままではまずい。しかし、ひかりと祈の二人がかりであっても、暴走した成人男性を止めることが可能であるのかどうか。


「まあ、こうなることも予想済みですし」


 焦るひかりをよそに、祈は袋から何かを取り出していたのだった。


「さっさと終わらせましょう。行きなさい……No,813957、輪投げ遊び!」


 ひゅるるるるるる、と音がして、祈が投げた物体が先生に向かっていく。一つ、二つ、三つ、四つ。それは、カラフルなわっか状の物体だった。さながら縁日に見かける、輪投げの輪のような。


「!?」


 それらが先生の両手、両足にすっぽりとはまってしまう。すると、先生は全身から力が抜けたようにその場に倒れてしまったのだった。


「ナ、何ダ、コレハ……!?ウ、動ケナ……!?」


 両手両足に輪がはまっているだけなのに、先生は立ち上がることはおろか、上半身を起こすこともできないらしい。床の上で、仰向けになったまま、じたばたともがいている。祈はそんな先生の傍に近づくと、彼のジャージの右ポケットを探り始めたのだった。


「輪投げ遊び、という名前の秘宝なんですよ。この輪は投げつけると、投げつけられた人物の両手足を拘束して力を奪います。ハメられた人間は四肢に力が入らなくなるのでその場から身動きが取れなくなるんです。……まあ、特定の条件が達成されると自動で外れますし、破壊耐性もないので第三者が壊すことも可能というアイテムなんですが……あ、あった」

「一体、何探してるの?先生のポケットに、何か?」

「ええ。これを探していたんです。間違いなく、肌身離さず身に着けていると思っていましたから」


 祈るは舟木先生のポケットから、一枚の紙切れを引っ張り出す。するとその瞬間、暴れていた先生の体がぴくりとも動かなくなった。見れば、気を失っている。ということは。


「これが全ての原因だったんでしょうね。お手柄ですよ、秋野さん」


 祈が見せてくれたのは、あの鏡に書かれていたのと同じ――赤い魔法陣と文様が書かれた一枚のメモ用紙。


「新しい秘宝、発見です。この紙ではなく、紙に書かれている模様のことなんですけどね」


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