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<10・呪いの在り処。>

 明日朝早く起きられますか、と言われてひかりもNOとは言えない。

 早起きは苦手だが、それでも朝から祈とのデート(気持ちの上では)と思えば一日くらい頑張れるだろう。

 スマホ、プラス、目覚まし時計三台。

 ガッチガチに固めた上で朝の五時に起きたひかりを見て、母は心底心配そうに言ったのだった。


「あ、ああああああああああああああのひかりちゃんが!?自発的に早起きを!?どどどどどどどうしたっていうの、熱でもあるの?ま、まさかコロちゃん?インフルエンザ!?」

「心配の仕方おかしくない!?」

「大好きな遠足の日でさえ寝坊しかける子なんだからそりゃそうでしょうよっ!」


 なんだかんだ付き合って早起きしてくれた母には感謝している。してはいるが。


「大変……明日は台風が来るのかしら。それとも雹?霰?あるいは槍でも降ってくるのか……ハッ!ま、まさか世界の終わり!?」


 なんでそんな方向で動揺しているのか、謎で仕方ない。

 辿り着いた果ての結論がこれだ。


「クラブ活動って言ってたけどもしかして……イケメン?ものすごいイケメンがいるのね!?その子のことが好きなのねーっ!?」

「ぶーっ!?」


 朝食の席、あやうくお茶を吹き出しかけた。

 何故そこで微妙に正解を引き当てるのだろう、この母親は!




 ***




 ひかりの家から学校まではそこまで遠いわけではない。小学生なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。ちなみに通学班の仲間には、今日は一緒に登校できない旨を昨日の時点で伝えてある。

 昨日聞いた司書の久本先生の証言。

 そして防犯カメラの映像。

 それらを踏まえて春風祈が出した結論は、翌日の朝の張り込みだった。


『明日もきっと犯人は来ますから。そこを抑えることにしましょう』


 なるほど、合理的ではある。ただ問題は。


『その、警察の張り込みみたいでかっこよくはあるんだけどさ。……結局コレって、オカルト絡みじゃないんでしょ?春風くんの物言いからして、鏡が呪われていてどうのってわけじゃないんだろうし……』


 さすがに、防犯カメラの映像に手が加えられていたとあっては、ひかりも呪いではないと信じざるをえない。

 そして、呪いではなくなんらかの悪戯ならば。秘宝絡みの案件でもなんでもなく、器物損壊事件として警察に任せるべきということになってくるのではなかろうか。

 それに仮に犯人を見つけたとして。ひかりも祈もただの小学生でしかないわけである。果たして、犯人をとっ捕まえることなど出来るのだろうか?


『確かに鏡が秘宝というセンはないと思います。しかし、じゃあ秘宝絡みの事件ではないと言い切るのはあまりにも早計です』

『どういうこと?』

『例えば……秋野さんが下校中に道で、スマホの落とし物を拾ったとしましょう。秋野さんはどうしますか?』

『え、そりゃあ……』


 交番に届ける一択、ではなかろうか。

 正直、安物のハンカチやティッシュの類ならそもそも拾わずスルーしてしまう可能性もあるが。スマホは落としたらそのまま生活に影響を与えるものである。個人情報の塊だし、万が一中身を見られたら持ち主はきっと大変なことになってしまうだろう。

 困っているだろうし、すぐに交番に届けなければ!となるのが自然だ。落とし物を勝手にパクったらそれも犯罪になる、と聞いたことがあるから尚更に。


『普通は交番に届けますよね。僕もそうします。でもいつもならそうする秋野さんが……拾ったスマホの存在を、ランドセルに入れた途端忘れてしまったら?そして、翌朝から突然クラスで、一番仲良しの友達を虐めるようになったなら?』

『え、えええ?そんなことあるはず……』


 そこまで言いかけて、ひかりは止まった。彼が何を言わんとしているか気がついたためだ。

 普通の女の子が突然急変して、親友をいじめるようになる。周りの人間は二人の間にトラブルがあったか、もしくはクラスになんらかの原因があると考えるだろう。

 しかし、実は原因はそんなことではなく、前の日にスマホを拾ったせいだったとしたら?

 そのスマホに特別な力があって、そのせいで拾った人間の人格が激変してしまったとしたら?


『……ありうるの?そんなこと』


 尋ねてはみたが、ひかり自身すでに“原理不明のあり得ないアイテム”をたくさん見てしまっている。

 人の行動や心理に干渉するタイプのアイテムがあっても、なんらおかしくはない。


『鏡にインクで悪戯している……って行為が、まったく別の秘宝の影響かもしれないってこと、なんだよね?そんなこと……』

『その可能性は非常に高いのです。というのも、あの文様。僕の手元の資料と確認しましたが間違いない……“人に魅了の術をかける文様”と似ているんです』

『はい!?』


 まてまてまて。それってもしかして。


『秘宝って、あの模様そのものが!?』


 なんとなくアイテムを想像していただけに、おどろいた。模様が秘宝、魔法陣が秘宝。よもやそのようなパターンがあるとは。


『僕もすぐには気づきませんでした。知っている模様に似ていますが、完全に同じではありませんでしたから。No.3312 魅惑の模様。……もし僕が知る模様と似たような効果なら、これを見せられた特定の人間は、書いた人間のトリコになります』


 ということは。

 今回の鏡に描かれていた模様は図書室司書の久本先生を自分に惚れさせるために描かれた、ということだ。無論、似て非なるものという可能性もまだあるだろうが。


『秘宝絡みの案件ならば僕の仕事です。そして……今回は先生方の助力を得られない理由が他にもあります。僕と秋野さん、二人で犯人を押さえなければなりません』

『そんなことできる?私達、ただの小学生だよ?犯人は大人なんでしょ?』


 中年に近い年の久本先生に恋をしていて、防犯カメラの存在を知り、細工できる人物。

 それが小学校の生徒とは思えない。


『でしょうね。……あの電気室がカメラのモニタールームだと知っていて、鍵を使って入れる人間は限られています』


 もっと言えば、と祈は肩をすくめた。


『昨日見たでしょう?モニタールームに詰めていた職員の方。校長先生によると、あの方はほぼあそこの専任らしく、一番長くモニタールームに詰めているのだそうですよ。で、勤務態度は見ての通りです』

『……あー、船漕いでたね』

『いくら後で防犯カメラがいじれたところで、リアルタイムで監視員に見られていたら意味がないんですよ。それなのに気にせず鏡へのいたずらを強行できたということは、あの方が朝方の担当であり、かつ勤務態度が不真面目であると知っていた人物ということになります。あるいは、自分が朝のモニタールームの担当時間も自由に使えたでしょうが。あそこ、詰めているのはいつも一人のようですし』

『なるほど……』


 町田さん、と呼ばれていた男性職員の様子を思い出す。あれでよく仕事が勤まるものだ。

 まあ、あんな暗い部屋で、ひたすらカメラ見てろと言われては眠くなるのは仕方ないことなのかもしれないが。


『モニタールームのシフトと……教職員の出勤記録。それらを後でまとめて校長先生に出してくれるようお願いしてきました。恐らく、ある人物の名前が浮かび上がってくるはずです。そしてそれは、貴女が予想するように“大人”の犯人でもあります』


 大丈夫、と。彼はニッコリ微笑んで、ひかりの肩を叩いたのだった。


『僕には秘宝の知識があり、秘策があります。きっとうまくいきますよ』




 ***




――私もやっすいなぁ……。


 これも惚れた弱みだろうか。あの笑顔で大丈夫と言われたら、本当に大丈夫であるような気がしてしまう。そしてうっとりしてウンと頷いてしまう。恋する乙女はある意味とっても弱いのである――好きな男の子の笑顔に。

 朝の六時。いつもの昇降口は開いていなかったが、職員用玄関が開いていた。そこから入るようにと予め祈には言われている。靴を脱いで一度靴箱に回ったところで、既に来ていた祈と合流した。


「おはよう、秋野さん。ありがとうございます、今日は僕のワガママに付き合ってくれて」

「う、うううん!こっちこそ!」


――ああああああああああああ誰もいない校舎で二人きりいいいい!いや正確には誰もいないわけじゃないんだけどどおおおおお!


 ついつい余計な妄想をしてしまいがちなのも乙女の特徴か。頭の中がお花畑になりつつも、どうにかひかりは上履きに履き替えたのだった。

 ランドセルはふたりとも、一旦靴箱の横に置いておくことにする。若干邪魔な位置だが、まだ誰も登校してきていない段階なので大丈夫と思うことにしよう。

 向かう先は当然、三階図書室前のあの鏡である。防犯カメラの映像が正しいのなら、六時過ぎには犯人が鏡の前に現れるはずだ。


「あの、秘策があるみたいなこと言ってたけど。春風くんはどうやって犯人を捕まえるの?その袋なに?」


 階段を登りながらちらちらと見るのは、彼が持っているナップザックのような袋である。その中に捕縛用の道具でも入っているのだろうか。


「それは見てのお楽しみです」


 なんだか祈は楽しそうでさえある。


「秘宝管理士は秘宝を管理する仕事であると同時に、秘宝を使用する権利を得たことを証明する資格でもあります。秘宝の中には、戦ったり守ったりするのに有用なものもあるんですよ」

「なんか、ドラえもんみたい」

「あははは、ドラえもんと違って僕は、映画になった途端袋が壊れてひみつ道具が使えなくなったりはしませんよー」

「あるある」


 思わず笑ってしまう。思っていたよりずっと彼はユーモアセンスに溢れた人物のようだ。犯人が来るまで、予め借りていた図書室のスペアキーを使って、図書室の中に隠れて待機するつもりらしい。――バレるといけないのでエアコンは使えない。今が春の時期で本当に良かったと思う。


「さて、ここからが本番です」


 中に入り、廊下側の窓を覗きながら祈が言うのだった。


「よく見ておいてくださいね。秘宝管理士というのが、どういう仕事であるのかを」



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