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<9・防犯カメラとモニタールーム。>

 あの魔法陣や文様は何なのか。詳しい事は、その場では教えて貰えなかった。それより先に、図書室前の防犯カメラを確認したいと祈が言い出したからである。


「本当にカメラなんてハイテクなものがあるの?この、超絶ボロボロの学校に?いや新校舎の方は多少マシなんだけど……」

「ありますよ。壁に埋め込まれてるので超ちっちゃいですけど。あのへんに」

「……げ」


 本当だ、とひかりは祈が指さした先を見て気づいた。壁と天井のすき間。よーく目を凝らすと、赤い光のようなものがちらちらしているではないか。まさか、あれがカメラだというのか。しかも埋め込まれて作られているということは、校舎を建築する時に“そういう仕様”として作ったということである。――今更ながら、本当にこの学校が、秘宝を管理することを前提として作られたのだと実感する。

 さらに、祈に連れられて向かうは校長室。

 自分達が来るのがわかっていたようで、恰幅の良いおじさんといった姿の校長先生は、祈とひかりを温かく歓迎してくれたのだった。ただ。


「本当に、秘宝管理クラブに人を増やしたんだね、春風くん。……まあ、引き寄せられて来てしまったなら、君にも止められないか。彼女が悪いわけではないのだし。いずれ彼女……秋野さんも秘宝管理士に?」

「ええ、そうしたいと思っています。とても精力的に活動してくださっているので、見込みのある方かと。秋野さん、とっても頑張り屋さんだし、力持ちなんですよ!」

「おお、それはいいことだ」

「あ、はははははははははは……」


 すっかり、ひかりは将来秘宝管理士になる、ということで話が進んでしまっているのが複雑だったが。


――い。言えねえ。実はただ春風くんの傍にいたいだけ、なんて超不純な理由だなんて言えるわけがねえ!


 同時に、秘宝の知識を全て覚えられるほど頭良くないんですごめんなさい、とも思う。本当に資格取得を勧められてしまったらどう断ればいいのだろう。自分で言っていても空しくなるが、本当にポンコツな頭しか持っていないというのに。

 ひかりがひきつり笑いを浮かべていることに気付いているのかいないのか、二人は軽く談笑した後、校長室を出てある部屋へ向かったのだった。当然、ひかりも後を追うことになる。

 階段を上り、向かうは四階。今は使われていない空き教室の隣、電気室と書かれている部屋だ。校長がその鍵をがちゃがちゃと開けているのを見て、ひかりは首を傾げる。


「電気室って、なんだっけ?」

「電気設備が格納された部屋のことですよ」


 答えてくれたのは祈だ。


「配電盤があったり、変圧器があったり……子供が触ったら危ないものが目白押しです。だからほら、ドアにも“立ち入り禁止”って書いてあるでしょう?大人であっても、知識がない人間や、特別な許しを得た人間じゃなければ入ってはいけないことになっています」


 なるほど、とひかりは頷いた。電気室、という名前の通りであるらしい。変圧器ってなんだっけ?と思ったが今その質問はやめておこうと決める。――我ながら妙なところが気になって、ついつい話を脱線させてしまう癖があるのは自覚しているからだ。なんなら、後でスマホで調べればいいだけのことである。


「その説明の通りなんだけど、実はここは電気室じゃないんだよ」


 補足を入れてくれたのは校長である。


「小学校にあってもおかしくない部屋ってことで、電気室って看板掲げてるんだけどね。本当の配電設備は別のにある。電気室、の看板はカモフラージュというわけさ」

「と、いうことはここが、防犯カメラのモニタールーム、とか?」

「正解。鍵は私が持っているものと、職員室に置かれているものの二本だけだ。だから生徒はまず入ることができない。秘宝に関する調査にも用いる部屋だし、この学校は表向き防犯カメラなんて設置されていないことになっているからね」

「なんで公にしないんですか、校長先生?令和のご時世、カメラがある学校なんていくらでもあると思うんだけど……」


 ああ、ついついまたつっこみを入れてしまった。話を脱線させてはいけないと思った矢先にこれだ。

 しかし、校長は不愉快に思った様子もなく、苦笑いして答えてくれたのだった。


「確かに、カメラがある学校は増えた。しかし、この学校はとても古い学校だからね。……当初は、堂々とカメラを設置しようとしたんだが……まあ古い卒業生の方々がまだ近隣に住んでいるものだから、反対が大きくてねえ。実のところ、この学校にエアコンを設置することさえ結構揉めたんだ。最終的には国と市の後押しもあって押し通したんだけども」

「う、うわあ」


 そういえば聞いたことがある。小学校にエアコンを設置するにあたり、問題になってくるのがコスト面と地域の理解だと。通っている小学生本人と保護者は設置して欲しいに決まっているのだが、地域住民の理解が得られなくてごたごたしてしまうこともある――みたいなニュースを見たことがある。

 正直、なんで小学校にエアコンをつけるのに、既に小学校と関わりのないOBたちが文句を言うのか疑問で仕方ないのだが。なんでも、“自分達が小学生だった頃はエアコンなんかなかったのにズルい!”ということであるらしい。そんなこと言われても、としか言いようがない。大体、今の年配者が小学生だった頃と令和の世の中では、平均気温が大きく違うという事実をどう受け止めているのだろうか。

 幸いこの学校には、ひかりが入学する頃にはもうエアコンが取りつけられていた。ひょっとしたら、ここが秘宝管理所を兼ねているから、という事情もあったのかもしれない(あの部屋にもちゃんとエアコンがあった)。この学校の中にも、まだ気づかないうちに秘宝が生まれている可能性もある。貴重な品々が熱や冷気で傷んだらたまったものではない、という大人の事情によりエアコン問題はごり押し解決されたのかもしれなかった。生徒からすればラッキーとしか言いようがないが。


「それに、この学校のカメラはちょっと特殊ですから」


 祈さらに補足する。


「僕はひかりさんに『トイレの個室の中にカメラはありません』と説明しましたけど。それは『現時点では』の話なんです。もし、トイレの中に秘宝が発生してしまったら、今後設置せざるをえないということもあり得るんです。……トイレの中に防犯カメラをつけるなんて、何も知らない一般生徒や地域の方々にご納得いただけると思います?」

「……無理でしょ」

「と、いうことで。じゃあもうこっそり設置するしかないよね、で解決したそうですよ」

「それ解決したことになんの!?」


 なんだろう、もういろいろ無茶苦茶すぎて、ツッコミするだけ野暮なような気がしてしまう。

 そうこうしているうちに、校長先生が厳重な鉄扉の鍵を開けていたようだった。がががが、とやや錆びたような音とともにドアが開く。中にあったのは複雑な配電盤の類――ではなく、複数のモニターが配置されたコンピュータールームのような場所だ。


「ほ、本格的……」


 思わずひかりは感嘆してしまう。ゲームで見たことがあるような気がする。警備員なんかが、この部屋に籠ってビルの中を監視するアレだ。


「この学校は、新校舎と旧校舎、グラウンドや駐車場などなどあわせて防犯カメラが三百五十四台あるんですが」

「待ってなんかとんでもない数が聞こえたんだけど気のせい?」

「スルーしてください秋野さん。こういうことにいちいちツッコミ入れてたら身も心も持ちませんよ。……こうやって映像を切り替えながら、秘宝に関して知っている教職員が交代で見張っているというわけです。町田さん、おはようございます」

「ん、ああ……校長先生に春風くん、おはよう」


 おはよう、なんて時間ではないはずなのだがそれはいいのだろうか。

 モニタールームの中では、一人の男性職員が欠伸をしながら椅子に座っていた。手元にはコーヒー。ひょっとしたら船を漕いでいたのかもしれない。これで監視になっているのやら。


「町田くん、今日の朝の映像で確認させてもらいたいところがあるのだがね。153番カメラだ、いいだろうか?」

「え。あーはい。ちょっと待ってください」


 町田という痩せた中年男性は、やる気がないのか眠いのか、随分と動作が緩慢である。校長の前で欠伸をやめようともしない。

 が、これがいつも通りなのか、校長も祈も気にする様子がない。男性がノートパソコンとコードを繋ぎ、キーを打つのを黙って見ている。


「ええっと……いつものやつっすよね?図書室前の鏡のやつ。はい、今適当にトリミングしたんで、どうぞそのまま再生ボタン押しちゃってください」


 はい、と彼はパソコンごと校長に渡してきた。とはいえ、モニタールームのコンピューターと繋がったままなので大きく移動はできない。近くの台を引っ張ってきて、その上に乗せる校長。

 パソコンの画面には、大きくメディアプレイヤーの画面が表示されていた。校長が再生ボタンを押すと、図書室の鏡を真正面から映した映像が表示される。

 タイマーを見るに、早朝の映像のようだ。時刻は午前五時半。鏡に特に異変は見られない。


「……五時半に何もないってことは、深夜にインクがぶちまけられてるわけじゃないのか」


 ひかりが呟くと、そのようですね、と祈も頷いた。校長が再生を二倍速にする。六時。まだ何も起きない――そう思った次の瞬間だった。


「!?」


 一瞬、画面が真っ暗になったように見えた。慌てて校長が、再生を通常速度に戻す。画面が暗くなったのは、本当に一瞬のことだったらしい。一秒にも満たない時間。しかし、その間に異変が起きていた。

 鏡に、あの謎の魔法陣や文様が出現していたのである。


「え、え、え?今の何!?画面が真っ暗になったら、鏡に変なのがって……おおおおおおおばけっ!?やっぱり鏡におばけが憑いてるの!?」


 慌てるひかり。突然、学校の中が塗りつぶされたような闇に包まれたのかと、そう解釈したためである。しかし。


「違います」


 祈は険しい表情で首を横に振った。


「本当に空間が暗くなったなら。……この映像の右上の、タイマー表示まで消えるはずがありません。これは、映像をトリミングした時にカモフラージュをした形跡でしょう」

「え?てことはつまり……」

「これは怪異じゃない。人為的なものです。……誰かが、鏡に文様が出たタイミングで……その時のカメラ映像をカッティングしたんです。では、誰が何のために?考えられることは一つ。映像が残っていれば、犯人がバレてしまうから」


 これは人間の犯行です。祈は断言した。


「そして、学校にカメラがあることを知っていて、この部屋に入ることができる者。……なるほど、見えてきましたよ、真相が」


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