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<6・呪われた鏡のおはなし?>

 そういえば、最近ちょっと騒ぎになってることがあるんだ、と、マチカは言った。


「新校舎三階の図書室前に、水飲み場があるだろ?」

「あるね」

「あそこの蛇口の前に鏡、あるじゃん?その鏡の一枚に、変なことが起きるっていうんだ」


 彼女いわく。

 一番左端の鏡に、ほとんど毎朝変な模様のようなものが浮かび上がるというのである。魔法陣のような、文字の羅列のような、とにかく理解しがたい文様のようだ。赤いインクのようなもので描かれており、通りがかって見かけると結構じょっとするような代物らしい。

 誰かが見つけるたびに先生にしらせて、そのたび先生や職員が消しているそうなのだが。翌朝になるなるとほぼ確実に復活していて、また同じような模様が描かれているというのだ。

 ゆえに、最近子供達の間では“奇妙な模様が浮かび上がる鏡”ということで、七不思議に加えてもいいのでは、なんて話になっているそうで。


「ちょっと面白いけど」


 ひかりは少し考えた上で、口を開いた。


「それ、本当に鏡が呪われてるとかそういうの何かな?血じゃなくて、赤いインクっぽいんでしょ?人間の手でも普通にできそうだけど」

「だな。しかし、ほとんど毎日のように書く必要があるか?それに、生徒が朝登校してくるともう浮かび上がってきてるんだぜ?人間がやってるにしてもオカルトにしても、相当な執念というか」

「まあ、それはそうだけど」

「それに怪談ってことになってた方が面白い。一般的な生徒的には!」

「そ、そうだね……」


 小学生ってこんなもん、と言われてしまえばそれまで。まあ、人がやっている悪戯というより、オバケがやってると思った方がスリリングで面白いと思ってしまうのはどうしようもないことなのかもしれない。

 これも秘宝に関係があるのだろうか、と心のメモに書き留めながら思うひかりである。

 その場合、秘宝とはあの“鏡”のことなのだろうか、とも。




 ***




「ええ?」


 放課後、秘宝管理クラブにて。

 ひかりがその話をした時、祈はあからさまに眉を顰めたのだった。


「そんな話、僕聞いたことないですよ?」

「まあ、新学期になってから始まったやつで、まだ本当に最近のことみたいだし……」

「いえ、そうじゃなくて。そんなあからさまに怪しい話があるのに、どうして僕のところに話が来なかったのかってことです」

「……どゆこと?」


 祈いわく。

 そもそも秘宝管理士と管理室、秘宝管理クラブの存在は学校公認のものだというのだ。まあ、そうでなければこの活動は成り立たないものではあるだろう。祈が一人きりで秘宝管理クラブの管理、運営を任されていたのも学校が状況を把握して認めていたからだったらしい(なお、ひかりが助手として入ることも既に報告済みとのこと)。

 つまり、学校側は秘宝の存在も、祈の立場もわかっていてサポートしてくれているということである。

 全ての職員と先生が知っているわけではないが、校長と教頭、それから古株の先生らはみんな知っていると思って間違いないそうだ。


「新しい秘宝の発見は、この国の重要課題の一つ。特に、秘宝が複数存在する秘宝管理施設の近くには、秘宝が集まりやすい傾向にあるのもわかっています」


 つまり、この学校は元々、新しい秘宝が見つかりやすい環境にある、ということらしい。


「なので、学校内で秘宝が見つかることも珍しくなく……。ゆえに、学校内であからさまな怪現象が起きたら、すぐに僕に報告してくれるシステムになってるはずなんですよ。それが、もう一週間以上過ぎるのに報告が降りてこなかった、と。ということは……」

「ということは?」

「それを異常、と感じられないような現象が起きていて、先生達が惑わされていたか。もしくは、担当者がわざと報告を出してこなかったか、のどちらかになります。どちらにせよ、担当の方は既に秘宝の影響下にある可能性がありますね」

「ふへえ……」


 報告が来なかった、というだけでそれだけのことがわかるのか。ひかりは感心してしまう。

 正直ひかりとしては現状、謎の文様が浮かび上がる鏡って呪われてそうでマジ怖い!という印象でしかないわけだが。


「ていうことは、鏡そのものが問題じゃない可能性もあるってこと?」


 ひかりが尋ねると、それはまだわかりません、と彼は首を横に振った。


「ただし、少なくとも“文様を描いていたインクには問題がない”とみなしていいでしょう」

「え。なんで?」

「簡単です。もうすでに何人もの先生や職員が掃除してるんでしょう?インク触って人がおかしくなるようなら、触った人のうちの誰かがとっくにヘンになってるはずじゃないですか」


 言われてみればその通りだ。しかし、鏡に問題があってもインクには問題ない、なんてことはあるのだろうか。

 と、そこまで考えたところで思い出したのが、ひかりが一番最初にこの管理倉庫で見つけた“No,126842 笑い葉”だ。あれはシャーレの中の水に葉が浮いていて、女児が近づくとひっくり返って笑い出すという代物だったが――中の水はまったく異常がない水道水だと、祈はそう言っていなかっただろうか。

 そして、シャーレ落としたら普通に割れてしまう、だから持ち運びは慎重にならなければいけない、とも。

 異常がある物体に付属する物質であっても、それ単品ではまったく異常がない、なんてこともあるのかもしれない。同時に、インクを掃除して平気だったのなら、鏡も“触ったり覗いたりするだけであかんやつ”ということはなさそうだ。そもそも、あの鏡は自分の記憶にある限り、ひかりが一年生の時から一度も取り換えられたことはなかったはずである。それまでに普通にあの手洗い場を使った生徒、鏡を覗いた生徒はごまんと存在するのではなかろうか。


「鏡も、触ったり覗いただけなら問題なさそう、ってことでいいのかな?」


 ひかりが自分の考えを伝えると、その認識でいいでしょうね、と祈は頷いた。


「そして、秘宝に関する調査は……大体そういう思考の辿り方でいいんです。今起きていることと、その物体の設置場所、使用頻度。それに触れたことで異常をきたした人物がどれだけいるかどうか。それによって、何が原因か、どういう性質が発生しているのかをある程度絞り込むことができます。中には触っただけ、見ただけでアウトという品物もありますからね」

「そんなものが学校に来ちゃったら大惨事だよね……」

「ええ。しかし今回の“鏡”は、そういった類いのものではなさそうです。一つずつ調査、及び可能性の検証を行っていきましょう」


 ぴん、と指を三本立てる祈。


「ひとまずやるべきことは三つ。その鏡本体の調査。その鏡周辺の情報の聞き込み。それから……鏡の近辺に設置してある、隠しカメラの調査」

「!?」


 チョットマテ。

 最後、聞き捨てならない言葉が聞こえたような。


「隠しカメラぁ!?こ、このぼろっちい学校にそんなのあるの!?」

「ありますよ、決まってるじゃないですか。防犯上の理由です。学校の生徒の安全を守ると同時に、国家機密を保管している場所ですから。当然、学校の周辺にはいくつもカメラが設置されていますよ。そういえば、昔秋野さんは友達と一緒に学校に忍び込んでこっそり肝試しをしたことがあったそうじゃないですか。夜、職員用玄関からこっそり入って屋上に行こうとしたけど、怖くて引き返してきたっていうことがあったって先生から……」

「わああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 あれもこれも全てカメラで撮られていたというのか。ひかりはその場で頭を抱えて蹲った。確かに、結局何もしないで帰ってきたというのに、翌朝何故かバレていて大目玉を食らったなんてこともあったが。


「心配ありません」


 そして祈は、斜め上のことを言い出すのだ。


「トイレは入口付近しかカメラで映してませんから!個室を隠し撮りしてるなんてことはないので大丈夫ですよ」

「それやったら盗撮だからぁ……」

「今後、トイレの個室内で秘宝らしきものが発見されることのないように祈っておいてください。そうなったら個室の中にもカメラをつけなければいけなくなるかもしれませんので」

「お、おうふ……」


 どうしよう、どこからつっこめばいいのかわからない。ひかりは脱力しながら、どうにか絞り出したのだった。カメラの話題から少しでも早く逃れるために。とういうか、忘れるために。


「とりあえず……聞き込み、行きますか……」




 ***




 ひかりが祈とともに三階図書室に行くと、中からは話し声が聞こえてきていた。一人は司書である久本映奈ひさもとえいな先生だろう。もう一人の声も聞き覚えがあるような。多分、男性教師の誰かだったような。


「あー、なかなか返ってこないんですか、あれ……」

「そうみたいね。子供がまだ借りてるみたい。ちょっと締め切り過ぎちゃってるし、あんまり長引くようなら先生からアナウンスしてもらおうかと思ってるけど。年々何組の子かはわかってるしね」

「楽しみすぎて、なかなか返したくないって子もいるんでしょうね。面白い本は何回読んでも面白いものですから。しかし、今の小学生の子って、ああいう話も読むんだなあってかんじ。子供には難しくないんでしょうか?」

「それは誤解ね。今の小学生は、露骨に子供向けって作品より、ちょっと背伸びしたくらいの話を好む傾向があるみたい。ほら、セーラームーンみたいなアニメだって、小さな女の子が楽しむアニメなのに主人公は中学生から高校生のお姉さんたちでしょう?それに、ルビが振ってあれば、子供でも幅広い本が読めるから」

「なるほどなあ」


 お邪魔かもしれない。そう思いつつも、ひかりはスライドドアを開けた。図書室のカウンターの前、前かがみになって話している若い長身の男性の姿が見える。カウンターの奥にいるのは司書の久本先生だろう。


「あ」


 ドアが開く音に気付いて、男性が振り返った。確か今、一年生の担任をやっている舟木簾ふなきれん先生である。まだ二十代、この学校に赴任して間もない先生だったはずだ。まだ学生みたいな童顔をぽっと赤く染めて言う。


「わわ、ごめんなさい!長話しちゃって……!お客さん来たみたいだから僕は帰ります。仕事もあるし、また来ますね!」

「はーい!」


 わたわたわた、と慌てたように図書室を出て行く舟木先生。なんだか子供みたいでちょっと可愛らしい。それを見送るためにカウンターから身を乗り出してきた久本先生は、あら、とひかりと祈の姿を見て目を丸くする。


「祈くんじゃない。本借りに来たの?この間リクエストしてくれたやつはまだ入ってきてないけど……あら、ガールフレンド?貴方も隅に置けないわね」

「がっ」


 確か今年で四十五歳になると言っていなかっただろうか。中年の域に入ってなお笑顔が素敵な司書の先生は、にこにこしながらとんでもないことを言う。ひかりが固まったところで、祈が容赦なく“違いますよー”とばっさり切ってしまった。


「僕と同じ、秘宝管理クラブに入ってくれたメンバーなんです。それで、ちょっと久本先生にお尋ねしたいことがあるんですが、今お時間よろしいでしょうか?」

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