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第61話 ヤドヴィガ7

「うーん……」


 映像でもみたことがない、困惑したレスリックの表情。


 苦笑いをこらえているようだ。


「本人が要求もしないのに、勝手に魂を差し出す覚悟をしているんだ。その上ついてくる者にも要求する狂信者ファナティックとでもいうべきか。もしくは狂恋の域だな」


「まあ! なんて素敵な組織でしょう! 是非ともご紹介くださいませ!」


 ヤドヴィガは歓喜を押し殺そうとしている。この棟から溢れ出る気持ちを共有できる人間がいるのだ。

 狂信者とは言い得て妙。それぐらいの気持ちでなければアンジを追って欲しくもない。彼女たちもきっと同じ気持ちなのだろう。


 まだ見ぬ恋敵たちにヤドヴィガは感銘さえ覚えていた。


「そういうと思ったぞ。まったく。あの男はヴァルヴァを病的に熱狂させるフェロモンでも出しているのか」

「お祖父様は似たようなことを仰っていましたわ? 生粋のヴァルヴァたらし・・・だと」

「たらしとはよくいったものだ。改めて念を押すが、あの男はそんなことは望んでいないだろうさ」

「それはわたくしたちも同じですわ。当家の罪までかぶることなど、望んでなどいなかったのに」

「やれやれ。カジミールは今際の際まで恨み言をいっていたな」


 レスリックは肩をすくめた。


「当然でございましょう。余命いくばくもないさなか、返せない恩だけ大量に残されて逝ったお祖父様の身にもなってくださいませ」

「認識の違いだな。本人としては借りを作りっぱなしだといっていたぞ」

「そういう方なのです。わかりますわ。だからわたくしもあの方が知らないところで勝手に恋い焦がれているのです」


 上品に笑うヤドヴィガ。

 一歩ずつアンジに近付いていく確信があった。


「うむ。向こうも話を聞いてくれるようだ。早速だが明日会って貰おう」

「ありがとうございます」


 翌日、ヤドヴィガがレスリックに指定された店に到着した。モレイヴィアでも人気のあるカフェだ。

 指示された場所は二階の窓際。階段を上ると店内には窓際にいる二人の女性客だけだ。

 二階の担当者が席を示し、先客がその女性たちだと知る。 


「はじめまして。ヤドヴィガと申します」

「はじめまして。リヴィアです。こちらが妹のレナ。どうぞ席にお座りください」


 ヤドヴィガが対面の席に座る。

 リヴィアは青みがかった銀髪の少女。レナは金髪で珍しいアースアイという変わった瞳の持ち主だ。

 この特徴がなければヴァルヴァだとわからなかったかもしれない。


「このカフェは私達が経営しています。安全です」


 さらりというが、モレイヴィア首都の一等地だ。彼女たちの資本力がズバ抜けている証拠だった。


「早速ですが、本題です。あなたはラクシャスのパイロットを探しているのでしょうか?」

「いいえ。違います。わたくしが探している方の名はツキモリアンジです」

「合格です。ようこそシルバーキャットへ」


 話は終わったとばかりに紅茶をすするリヴィア。


「え? 合格ですか?」

「レスリックおじさまもアンジの名は口にしていないはず。つまりあなたは直接アンジから名前を知る機会があった」


 レナが無表情に告げる。

 思い返せば確かにレスリックはラクシャスのパイロットとしか言っていない。

 これはレスリックによるアンジを追う有象無象を除外するための措置なのだろう。


「フルネームまで知っているとはかなり珍しいですね」

「私と家族が助けていただいて。あの方をずっと探しているのです」

「私達も同様です。聞いていると思いますが、この会社はアンジのための会社です。ヴィーザル家の令嬢が所属するようなものではないとだけ、伝えておきます」

「願ったり叶ったりですわ。ヴィーザル家の令嬢ではなく、一人の女性としてアンジ様を探しているのですから。子供だったわたくしは無力でした。今度こそ……わたくしはあの方を護り、寄り添いたいのです」

「私達はみんな似たような経緯と想いを抱いています。——これ以上言葉は不要ですね。よろしく御願いします」


 リヴィアとレナが手を差し出すと、ヤドヴィガも順に握り返す。

 その後、アンジの話で意気投合してシルバーキャットのメンバーともすぐに打ち解けた。

 異性同性に脇目も振らず勉学に勤しんでいたヤドヴィガにとって、アンジを知る少女たちの空間は、とても居心地が良い場所だった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ヤードーヴィーガー」


 リアダンがヤドヴィガの体を揺すって起こそうとしている。

 ふと昔の夢をみていた。

 熟睡していたらしい。アンジの手の上で寝ていたおかげだろう。


「アンジも起きているよ」


 レナにいわれてアンジを見ると、ヤドヴィガが起きて安堵したかのような表情をしている。


「……アンジ様。わたくしはあの頃と変わりましたか? 美人になってしまいましたか?」

「いや? 可愛いと思う」


 不意にヤドヴィガが発した問いに、心に浮かんだ言葉をそのまま口にする。


「ふふ。良かったですわ」


 美人といわれなくて。

 そっと心のなかで呟くヤドヴィガ。


「わたくし、夢のなかで思い出しましてよ。アンジ様は私が自分で判断できるようになったら結婚を考えてくださると」

「……あ−」


 その一言でアンジも思い出したようだ。

 ここぞとばかりもう一度腕に抱きつくようにして頬をすり寄せるヤドヴィガ。


「はい、ヤドヴィガ。ライン超えどころか反則だよー」


 リアダンが苦笑する。


「ヤドヴィガ。ストップ! それはレッドカード!」


 上体を起こしたヴァレリアが彼女の胸を鷲掴みにして押し返す。


「レッドカードですね」

「レッドカード」


 リヴィアとレナもレッドカード判定を下した。


「そんな…… あと五分くださいまし!」

「ダメ! ほら着替えるよ。朝飯だー」


 ヴァレリアとリアダンに引きずられ、連行されていくヤドヴィガが泣きそうな瞳を向ける。


「またあとでな。ヤドヴィガ」


 その一言でヤドヴィガが花の咲いたような笑顔を見せる。

 アンジは大きく伸びをすると、自分も着替えるために部屋を移動した。


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