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第59話 ヤドヴィガ5

「このまま逃亡生活を続けるとなると限界もある。ヴィーザル家が後ろ盾になれるぞ」

「それは覚悟の上だ。俺なんかを一族に加えると煌星支部が本気で攻めてくるぞ。今でも世話になっているのだし、これ以上迷惑はかけられん」

「世話になっているのは儂等のほうなんじゃがのう。アンジが連れておる少年も一緒に住めるし、儂の養子にしても構わん。ヤドヴィガもこういっているし、検討だけはしておいてくれぬか」


 顔を赤らめて目を伏せているヤドヴィガはともかく、カジミールは本気のようだ。


(俺に上流階級の生活は無理だぞ、絶対。息が詰まる!)


 カジミールはリヴィウのことも考慮してくれている。

 好意をもって逝ってくれていることは理解しているので、当たり障りのない言葉で逃げる。


「好意は感謝する。美人なら苦手だがヤドヴィガは可愛いし、俺も絶対に嫌というわけではないが、今はダメだ。ヤドヴィガが結婚できる年齢になったら、もう一度いってくれ。考える時間は十分にあるだろ。ちゃんと自分で考えて判断できるようになってからでないとな」


 本音を入れつつ、今が無理な理由を述べた。

 先延ばしである。

 ヤドヴィガはきっとアンジの苦手な、高嶺の花ともいうべきとても美しい女性になるだろうとも予想している。


「うむ、それもそうじゃ。脈無しというわけでもなさそうじゃな」

「お褒めいただきありがとうございます。わたくしもさらなる好意をもっていただけるよう努力いたしますわ」

「お姉様。頑張ってください! 僕も応援します」


 カミルが拳を握りしめてヤドヴィガを応援している。


(好感度高すぎだろ…… そうか俺に借りがあると思っている可能性もあるか)


「爺さん。一つだけ相談があるんだ」

「いってくれ」

「フーサリアの部品をわけて欲しいんだ。ラクシャスはスクラップから組み上げたものだから、ハザーと互換性は低くてな」

「そういう相談ならいくらでもしてくれ。我が家のフーサリアであるヴァルシュはある程度の整備は可能。そうじゃな。今日は遅いからまた別の日にも来るといい。もっと早い時間にな」

「そうさせてもらう。助かるよ」

「なんの。今まで発掘品だけで戦っていたということが信じられん。あと必ず儂のところに顔を出すようにな!」

「わかっているよ。またお茶をご馳走になろう」

「はい。次はわたくしが煎れますわね」


 ヤドヴィガなりのアピールだ。

 しかしこの幸せな時間も長くは続かなかった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


カジミールはベッドで投影されている画像をみて嘆いていた。


「こんなことになるならアンジを…… 我が家に縛り付けてでもいかせぬほうが良かった……」


 モニタにはモレイヴィア国に大量殺人犯が投降してきたとトップニュースで報じていた。児童誘拐の罪状も追加している。


「アンジよ。なぜ儂に頼らなかったのか。お前にはまだまだ返さないといけない借りがあったというのに」

「お祖父様。いくら政治とはいえ、これはあまりにも横暴です!」


 傍にいたカミルとヤドヴィガが憤慨を隠そうともしない。


「表向きはそうせざるを得ないのだ。彼は儂等を——ヴィーザル家も守ろうとしたんじゃよ」


 一人の男に全責任を背負わせてしまった苦悩。カジミールの老いは確実に体を蝕んでいた。


「どういうことでしょう?」

「レスリック殿から便りがあった。ヴァルヴァの解放。そしてヴィーザル家への侵攻阻止。それらすべてラクシャスの乗り手一人の仕業ということで手打ちにされたのだ」

「そんな……」

「児童誘拐は一緒に連れていた少年のことじゃ。物扱いをされぬように、人を誘拐したと強弁したそうじゃ」

「アンジ様はあくまでもヴァルヴァの少年を守るために……」


 ヤドヴィガはその優しさに胸を打たれる。少しばかり嫉妬心さえ覚えてしまう。


「ヴィーザル家はヴァルヴァとその伴侶たる人間を守る。守り続けねばならんのだ。だかといって恩人を見捨てていい道理などない」

「はい」


 カミルが力強く首を縦に振った。ヴァルヴァでもない人間がここまでするのだ。


「そこでだ。お前たちに真実をみてもらう。ヴィーザル家の者は覚悟をもって見るべきなのだ。着替えはバヴェウに用意させている。その服に着替えてこの部屋にきなさい。夕食と朝食は控えめにな」


 姉弟は返事をして、部屋を出た。二人とも夕食を食べる気にはなれなかった。 

 翌日指定された服を着る。

 ボロ着にエチケット袋を大量に渡された。


「バヴェウ。これは……」

「吐瀉物対策でございます」

「それほどのものなのでしょうか」

「画像はそれほど怖くないのですが、すべてが真実なので」


 幼い姉弟は震え、朝食を取るのもやめて水だけにした。


「よくきたな。バヴェウ。カーテンを」

「承知いたしました旦那様」


 執事がカーテンを閉め、映像の準備がなされた。


「これは場面での動画編集はしておらん。実際に起きて、今なお起きているかもしれない出来事だ」


 カジミールの声に抑揚はない。

 映像が投影される。


 ヴァルヴァが製造され、出荷されている。

 五歳ぐらいまで育てられているようだ。その後が問題だった。

 まさしく惨劇の光景としかいいようがないもの。

 幼いヴァルヴァは男女問わず売られ、年齢に拘わらず性的な搾取がなされていた。幼さなど何の考慮もされていない。

 怪我をした者がそのまま運ばれ、麻酔をかけられたのち解剖され臓器が摘出されている。ヤドヴィガは吐きそうになるが胃は空だ。胃液だけがエチケット袋に注がれる。

 娯楽として野に放たれた獣人系のヴァルヴァが、鹿や猪のように撃ち殺されていた。ハンターには同じヴァルヴァもいることがカミルには信じられ無かった。

 幼いヴァルヴァを生きたまま溶融炉に落とす遊びが流れている。ヤドヴィガもカミルもじっと見つめている。目を逸らしてはいけないものだ。

 保冷された死体が食用として処理される場面では、カミルもヤドヴィガと同様胃液を吐いた。食事をした者が同じヴァルヴァだったことも嫌悪感を増大させた。


「どうして……同胞を食すことができるというのですか……」

「このような非道、許されません」


 姉妹は映像をみて初めて現実を知った。

 あまりにも自分たちが子供すぎて。

 祖父や両親、そしてアンジの進んだ道は過酷だった。


「歪んだ贅沢の一種だ。過去の地球を顧みても人間人類すら同様の経験をもっておる。無論、飢餓以外でな」

「どうして……ここまで残酷なことができるのでしょうか……」

「生産された物だからだ。同じヴァルヴァでも物として認識している愚か者がいる」


 その後、工場管理者や食肉として食べていた者たちが射殺される映像が流れる。二人にはなんの感慨もわかなかった。


「だからといってこんな扱い、人の尊厳すら踏みにじる……いえ愛玩動物のほうがまだましな環境に置かれていますわ!」

「だからこそアンジは立ち上がり、戦い続けた」

「……お祖父様。それが大量殺戮犯となる罪だと、国が断じたわけですよね」


 カミルが歯を食いしばって、映像から目を逸らさない。


「虐待する側も人間だからな。彼は多くを殺した。——死んで当然のような連中をな」


 カジミールも悔しさを滲ませている。

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