「案としてはヴィーザル家の屋号はそのままに自治権をモレイヴィアに譲渡する。もしくはヴィーザル領の政治を議会制度に移行させ、選挙で首相を選出する。その者がヴィーザル領の統治を行う形式となるだろう」
「よくお聞きなさい二人とも。非合法ヴァルヴァの存在は、儂ら政治の怠慢でもあるんだよ。それが今やたった一人の男に責任を押しつけ、状況が変わった。その男も長くないだろう。それこそヴィーザル領は戦争の最前線になる可能性もあるのだ」
「とはいえ解放者のせいで戦争が起きたとはいえん。まさしくヴァルヴァが関わっている問題は我ら自身の問題なのだ。向き合うにも
「お前たちにヴァルヴァの責任まで負わせたくない。それが儂の本音でもある」
「それでも僕はヴァルヴァです。そしてヴァルヴァの責務を解消してくれている人間の男性が、泣いている子供を放っておけないという理由だけで戦っている。その人も見捨てろと?」
「そういう割り切りも強いられる。もし解放者を護るなら、相応の犠牲も強いられるだろうさ」
「やります。どうしても僕が継ぎたいといったらどうなるのでしょう? どのような困難にも立ち向かう覚悟があります」
「よくいった。その時は俺がサポートする。安心して家を継げ。もとはといえば大統領たる俺の責任だ」
カミルの頭をレスリックは優しく撫でた。利発な少年だ。きっとそういうだろうという予感はしていた。
カジミールは寂しそうに笑った。
「せめてあと三年後ぐらいに話したかったが。この様だ。儂は長くはなかろうて」
カミルもヤドヴィガも理解している。
祖父は気力だけで生きている状態だと医者にもいわれている。
「レスリック殿。今回の戦闘はどういうふうに処理をした?」
「何もなかったことに」
「ふむ。それが妥当な手の打ち所」
「あの煌星支部の侵攻がなかったことになるというのでしょうか?」
「人身売買をしていた煌星支部軍所属の一部による反攻であり、戦闘行為ではなく処断を受けたという形だ。カジミール殿もラクシャスの乗り手も戦果を誇っていない。ここで手打ちとする」
「しかしそれではあまりにも……」
「捕虜交換には応じるし、その分賠償金は支払って貰う。ヴィーザル家領地内で紛争騒ぎを起こしたんだからな。とはいえ太陽圏連合政府煌星支部というメンツもある。戦闘行為を内密に処理することでこちらは貸し一つ作ったのさ」
「連中が儂を殺していればどさくさ紛れにさらなる攻勢を強めただろう。じゃが結果はこちらの大勝利。しばらくは動けまい」
カジミールの表情は昏いままだ。
状況が好転したわけではない。
「レスリック殿。くれぐれも二人のことを頼んだぞ」
「任せておけ。ただし、もう少し粘ってくれよ。往生際など悪いほうがいいんだ」
「そうだな」
二人は顔を見合わせて笑う。これが最後の面会になるとわかっているのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
カミルは森から姿を現した機体をみて叫びそうになった。
慌てて機体に駆け寄る。
「ラクシャスのパイロットさん! 来てくれたんですね!」
コックピットハッチが開かれ、恰幅の良い青年が現れた。アンジである。
作業服に作業帽といういつもの格好だ。
「挨拶に寄っただけだ。君は?」
ヴィーザル家の騎士団長が一度立ち寄って欲しいと懇願に近い御願いをされたので、アンジもさすがに顔を出すことに決めたのだった。
いつも解放したヴァルヴァたちの件で無理を聞いてもらっている。あらかじめ遅い時間帯の到着予定時刻を伝えて、顔を出してすぐ帰ろうと思っていたのだ。
二十二時を過ぎている。子供がでてくるとは思わなかった。
「僕はカジミールの孫でカミルといいます!」
ハザーがやってきて、ラクシャスを護るように配置される。
「ラクシャスは僕たちがガードします。祖父も会いたがっています。安心して屋敷に入ってください」
「ここで顔を出してすぐ帰ろうと思ったんだが」
「僕もあなたと話をしたいです!」
子供に弱いアンジは押し切られてしまった。
「そうか。少し待ってくれ」
アンジがラクシャスから降りると、カミルが手を引いて彼を案内する。
そんなに待ちわびていたとは露にも思わず、気恥ずかしさを覚えるアンジ。
扉を開けると、ベッドから状態を起こしているカジミールと、ベッドの向こう側に同じ狐耳の、儚げな美少女がいた。
「ようやく顔を出してくれたな、この若造め」
「屋敷に入るつもりはなかったんだけどな。爺さん……おっとカジミール伯」
「爺さんでよい。お前はそう呼ぶべきだ」
「助かる」
「お茶にしましょう」
カミルがアンジの手を引っ張り、ベッド近くのテーブルに案内しようとする。
「もうこんな時間だし帰るよ」
「今はいつも夜中ではないか。茶ぐらい飲んでいけ。このたわけもの」
豪快に笑いながら悪態をつくカジミールに気圧され、席につくアンジ。
対面には少女に支えられ、カジミールが席についた。隣にはカミルがいる。
「わたくしはヤドヴィガと申します。以後、お見知りおきを」
「ああ。よろしく頼む。俺の名はツキモリアンジ。ファーストネームのアンジと呼んでくれ」
「ようやく恩人の名前を聞けたわい」
あまり名乗りたがらないアンジだったが、カジミール一家ぐらいには名乗ってもよいと思ったのだ。
(参ったな。貴族様相手に話題なんぞあるのか、俺)
そう思ったものの、いざ話してみるとカジミールと戦術談義で華が咲く。
カミルは憧れを込めてアンジを見上げ、ヤドヴィガはアンジと視線が合うと気恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になった。
一目惚れといってもいい。あの祖父が認め、戦術談義ができる人間がどれほどいるというのか。ヤドヴィガにとっては好意と尊敬に値する人間だった。
(いかん、視線が合ってしまった。向こうは迷惑だろうな)
アンジはついつい美しい少女に目がいってしまう。
自分の容姿は優れているとはいえないことを自認しているアンジは、ヤドヴィガに申し訳なさを感じてしまう。
「そうじゃ。アンジよ。我が孫娘はどうじゃ。まだ結婚はできんが婚約者として」
「ぐふぉ」
カジミールが突然そんなことをいうものだから、アンジは紅茶をむせてしまう。
「ヤドヴィガが可哀想だろ。ダメだ」
「わ、わたくしは構いません……です……」
ヤドヴィガは消え入りそうな声で、精一杯の勇気を振り絞る。
思わぬ返事にアンジが硬直した。