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第57話 ヤドヴィガ3


 カジミールは戦闘終了後、無理が祟り寝込んでいた。

 ヤドヴィガが傍に付き添っている。

 扉からノック音がする。


「どうぞ」


 入室した偉丈夫は、龍の角に尻尾を持つ。珍しい龍似ドラコライクだった。年は二十代半ばに見える。

 その隣にはヤドヴィガの弟であるカミルがいた。式典の護衛も兼ねて大統領自ら同行してくれていたのだ。


「これはレスリック大統領閣下。お久しぶりでございます」


 ヤドヴィガが立ち上がり、恭しくお辞儀をする。

 そっと椅子を差し出すと、レスリックが座った。彼とカジミールは勝手知ったる仲だ。


「レスリック殿。死に目にあえて嬉しいぞ」

「俺と同い年だろうが。逝くにはまだ早いぞ」


 そういいつつ、レスリックの瞳に心配している有様が見て取れた。

 同じヴァルヴァでも龍似と狐似とではあまりに寿命が違う。


「なんの。旅立ち前に武勲話ができたのだ」

「戦闘後の検分させている。二機のフーサリアで煌星支部軍旅団を壊滅状態とはな」

「張り切りすぎてこの様じゃよ。後悔はまったくないがね」


 カジミールは二人の孫に視線を向ける。


「後学のためだ。この子たちを同席させたまま話を続けて構わんかね?」

「もちろんだとも」


 レスリックは首肯して話を続ける。

二人はもうすぐヴィーザル家を継がないといけないのだ。


「非合法のヴァルヴァ工場は通報のおかげでこちらが抑えた。今年だけで七千人ばかりの同胞が救出できたことになる」

「そこまでになるか」

「救出した人員はほとんどヴィーザル家で保護されたものたちだ。我が国としては最大限の支援を惜しまないつもりだ」

「解放者ラクシャスがいなければ、ここまで追跡できなかったじゃろうな」

「ラクシャスのパイロットか。一度会ってみたいものだ。どんな男なのだ?」

「わからん」

「一緒に戦ったのではないのか?」

「そうとも。せめて食事で歓待したかったんだがね。ヴァルヴァの子供が待っているからとさっさとどこかへいってしまった。儂は恩返しすらさせてもらえなんだ」


 カジミールは悔しさを隠そうともしない。


「ラクシャスのパイロットはどうして一人で戦っているんだ」

「泣いている子供を放っておけないからだそうだ。ただ自分一人でできることにも限界があるから、手の届く範囲でやると。どこまでも謙虚というべきか。――違うな。自己評価の低さだな」


 カジミールはその手の人間もよく知っている。自己評価があまりにも低く、自分が為した成果を自分の実力だと思っていないタイプの人間だ。


「死にたくはないが、死期は近いと思っているようだ。だからよりヴァルヴァ解放に尽力している。どうにかして考えを改めさせたいところだ」

「その男、欲はないのか」


 カジミールほどの有力者にそれほどの恩を売っておいて、呆れるほどの無欲さだ。


「このままいけば煌星支部軍に追われて殺されることは理解しておる。だからこそ暴れられると」

「今、その男に死なれると国政にも響くな。ヴァルヴァだけではなくヴァルヴァの伴侶たる人間からの支持も絶大だ」

「そうであろうな。非合法の工場で生まれた人に対する扱いに非ず。それを知ったヴァルヴァが人間に絶望した。そして同胞たるヴァルヴァも利用していると知ってさらに絶望したものだ」


 その話にカミルが食いついた。


「お祖父様。非合法の工場とは…… 同胞たるヴァルヴァに利用しているとはどういうことでしょうか?」

「お前たちに教えるには時期尚早かと思ったが、レスリック殿もおる。話すべきかな?」

「俺が話そう」


 レスリックが続きを買って出た。

 祖父から孫に聞かせるような話ではなく、施政者たる彼がヴィーザル家の後継者に話すべきことなのだ。


「非合法の工場で生まれたヴァルヴァは文字通り生産され、物品扱いを受けている。女も男も区別なく売春宿に売られ、最悪な場合は臓器移植の素体として管理される。利用者は人間のみにあらず。ヴァルヴァもいる」

「そんな…… 今の技術では臓器は培養できるではないですか! どうして生きたヴァルヴァから取り出す必要があるのです!」

「普通の医療と比べても生産されたヴァルヴァのほうが安いからだ」

「……」


 あまりのことにカミルは言葉を失う。


「とくに廃棄物と呼ばれる者、ヴァルヴァでありながら特徴を持たない者の末路は悲惨だ。臓器の素体のみならず、娯楽用として殺される場合もある。猛獣と素手で戦わせ、生きたまま溶鉱炉に突き落として苦しむ様を鑑賞する娯楽もあると聞く」

「……そんなこと許されるはずがありませんわ……」


 ヤドヴィガが悍ましさに震える。


「それもこれも非合法の工場産という理由だからだ。ヴィーザル家はこのような者たちの保護に積極的だから、機会があれば攻め入る隙を窺っていたのだろう」

「保護して何が悪いのでしょうか……」

「——非合法のヴァルヴァ生産拠点の運営者こそ煌星支部軍関係者だからだ。本来軍隊は国家の暴力装置でなければならない。そのためには生産性は問われないのが常だが、贅沢はしたい。ヴァルヴァの売買という商売の邪魔になるのだ」

「当家が人身売買の邪魔だったために、あれだけの機兵を用意したと?」

「そうだ」


 レスリックは事実だけを告げる。


「カジミール殿は君たちのことも考えている。ヴィーザル家を継がないという選択肢も用意された」

「どういうことでしょうかお祖父様! 僕にその資格がないとでも?」

「わたくしもヴィーザルの家の者です。我ら姉弟が力を合わせたら困難でも乗り越えられるはずです!」

「落ち着きなさい二人とも。政治は綺麗事ではない。むしろ汚い面が多い。清濁併せ持つ人物は理想だが、世の中そうもいかんのだ。そんな世界に君たちを巻き込みたくない。親馬鹿ならぬ祖父馬鹿だな」

「ぬかせ」


 カジミールは苦笑する。否定はしなかった。


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