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第56話 ヤドヴィガ2

「バヴェウ。モレイヴィア軍からの援軍は厳しいのですか?」

「間に合いませんる。各地でヴァルヴァを救援している男だった。

 非合法のヴァルヴァ生産工場をカジミールの騎士団に通報して救援を要請してくるという。

 ヴァルヴァを保護するという役割を自負するカジミールは会ったこともない人間の男に好感を抱いていた。


「左様でございます。救援を打診したところ、行けたら行くが一機で無茶はできないから期待しないでくれ、という回答でしたのでご報告しませんでした」

「ラクシャスという機体もフーサリアだったな」

「スクラップをかきあつめて造り上げたと申しておりましたが、なかなかどうして侮れませんぞ」

「こうしてはおられん。儂も出撃する。我が領地と関係もない一人の男にすべてを任せて眠ることなどできるものかよ」

「心中お察しいたしますぞ。挟撃になりますな」

「そうだ。——ヤドヴィガ。いいか。困っている時に駆けつけてくれる者を信じるんだ。今、儂たちの代わりに戦っている男が証明してくれるだろう。だからここで大人しくしていなさい」

「はい。お祖父様」

「パヴェウ。万が一の時は頼んだぞ」

「お任せ下さい。ご武運を。カジミール様」

「いってくる」


 カジミールは老骨に鞭打ってヴァルシュに向かう。


「どうせ死ぬなら戦場がよい。我が領地を護るために戦っている者がいるなら、なおさらだ」


 彼が愛する土地を、彼の代わりに守るためたった一人で戦っている男のもとへ駆けつけねばならないのだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ラクシャスという男はゲリラ戦の達人だったようだ。

 フーサリアの特徴である突撃能力を捨てて遠距離攻撃に全振りしている。そして距離を取り、煌星支部軍を手玉に取っているのだ。


「突撃だ!」


 配下のハザーに向かって号令をかけるカジミール。寿命が長いヴァルヴァといえど、百二十歳を越える老人とは思えぬ気迫だ。


 ——血が滾る。

 ラクシャスの乗り手が作ってくれた好機を逃したりはしない。


「なんだ! カジミールの兵か!」


 背後から奇襲を受けている煌星支部軍の兵士が、進軍方向からの攻撃も加わり動揺する。


「死ねえ!」


 使い捨てのコピアを戦車にぶつけて破壊し、続けざまコピアを取り出し装甲車に突進する。

 まずはハザーの楯となる車輌を潰しているのだ。

 あっという間に五本の槍を使い果たし、車輌を全滅させたカジミールは突剣に持ち変える。

 襲いかかってきたハザーに対して返り討ちといわんばかりに突き刺す。装甲を貫き内部から爆発させるこの剣はフーサリア用リアクターでないと運用できない。


「カジミール! 寝たきりだったんじゃ無いのか!」


 カジミール家のフーサリアであるヴァルシュは有名だ。

 その突進から生み出される突撃力とフーサリアならではの強固な装甲は、ビーム砲でも簡単には貫通できない。


「ええい! 敵は一機だ。殺せ!」


 煌星支部軍のハザーがヴァルシュを目標に切り替える。

 その瞬間、背後から撃ち抜かれる。ラクシャスがいることを忘れてはいないが、標的が眼前に現れて兵士たちは我を忘れたのだ。

 背後のラクシャスを相手にするか前方のカジミールを攻撃するか。逡巡している間にも次々とビーム弾が飛来して直撃を受ける。


「やるのぅ、ラクシャスの乗り手。迷って動きが鈍った相手から迷わず攻撃しておる」


 カジミールは被弾して動きが鈍くなった敵から止めを刺す。

 側面に回り込んだ敵ハザーが、爆発した。


「カジミール様には指一本振れることなど我々が許さん!」


 カジミール家の従者たちによるローンチポッドからのロケット弾猛射。ビーム砲やレーザー砲にはそれなりの装甲をもつハザーだが、実弾兵器には弱いという側面がある。

 ヴィーザル家のハザーには試算を活かし、消耗するミサイルやロケットをふんだんに配備されていた。


「一気呵成に畳みかける!」


 空中から攻撃を仕掛けるドローンはカジミールの配下が対空射撃ですべて撃ち落としている。

 地上戦力の掃討だ。背後からラクシャス、前方からは被弾を恐れないカジミールのヴァルシュが襲いかかっている。

 敵布陣の中欧からヴァルシュは斬り込んだ。プラズマサーベルは易々とハザーの装甲を切り裂く。

 続くヴィーザル家のハザー。一機が大きく損傷して後退した程度で、他の機体に被害はでていない。


「爺さん出てきたのか。百歳超えていると聞いていたが、本物の騎士ってヤツだな」


 一方のラクシャス側のアンジもヴァルシュの動きをみて感嘆の声を漏らす。

 周囲に囲まれることを厭わず迷わずに斬り込む。アンジはその囲っている包囲陣のハザーを背後から撃つだけでいい。


「やるのぉ! 若いの!」


 三十機ほど撃破したところでカジミールが通信してきた。


「あんたもな爺さん! おっと、俺は庶民の出で口が悪くてな。申し訳ない。カジミール伯」

「許す! 爺さんと呼べ。儂らはすでに戦友であろうよ!」

「……ああ。騎士と並んで戦えるとは光栄だ」


 アンジはヴィーザル家に多くの借りがある。

 ヴァルヴァ工場を解放してまわったものはいいものの、その後始末すべてをヴィーザル家に依頼した。押しつけたといってもいい。

 しかしカジミールからクレームは来ることはなく、ヴァルヴァたちを保護してくれていた。

 支配者階級で尊敬できる人間など今までのアンジはいなかったが、唯一カジミールという人間は好意がもてる。

 今や領民に慕われるカジミールは紛れもなく尊敬できる指導者であり、騎士であると実感できた。


「敵は六割撃破した。撤退を開始したな。どうする爺さん」


 ひそかに近付いてきた敵ハザーを一刀両断するアンジのラクシャス。

 金属音とともに装甲材を易々と切り裂く、現代の刃では不可能な斬れ味を持つサーベルも発掘品で見つけたものだった。

 アンジは両手用サーベルを愛用しているが、今回は火器優先の装備であり片手用を装備していた。


「追撃するしかあるまいて!」

「賛成だ。二度とヴィーザル家の領土に踏み込む気にさせてはならない」


 二機のフーサリアが逃走する煌星支部軍のハザーを追撃する。


「うわぁ!」

「機動力が違う! お前らが応戦しろ!」

「いやだ! 相手は装甲もパワーも桁違いじゃないか!」


 士気を喪失した敵兵士たちは烏合の衆だった。

 仲間を囮にするかのように。

 二機のフーサリアから逃げ果せることができた煌星支部軍はわずか五機だった。


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