リヴィアは伏し目がちに言葉を紡ぐ。
「どの面を下げて会うことができるでしょうか? リヴィウは虐待され、酷い目にあっていました。女だと知られたくないほどに。それなら彼を慕う女として、生まれ変わりたい。それがリヴィアであり、髪色をもとに戻した私なのです」
「酷い目って…… いや、詳しくは話さなくていいよ」
「アンジもその現場を見ています。私なんか廃棄物ではなく汚物でしょう。汚い男の子だと思っていた女から好きだといわれてもアンジだって困るでしょうから」
「汚物って。アンジよりも、あんたの問題だね。……うん。私は否定できないな。リヴィアになるのはいいことだよ。髪色も違うし、いけるかな。あたしも協力するからさ」
どんな目に遭ったか聞きたくもない。ヴァルヴァの扱いは酷い。
廃棄物も酷い名称だが、自らを汚物と言い張るリヴィアには何もいえなかった。
「気を遣いすぎですヴァレリア。操は保っていますよ。少年の姿だったおかげで、ひん剥かれることなく虐待されてましたから」
目がうつろになっているリヴィアに、深い心の傷を刺激してしまったことを悔いるヴァレリアだ。
「ごめん。変なことを聞いて。あたしが悪かった」
犬耳を寝かせて謝罪するヴァレリア。
「ごめんなさい。私もそういうつもりではなかったのです」
「リヴィウではなくリヴィアになった理由はわかったよ。でもアンジは、そんな境遇の男の子を命懸けで守ってくれたんだね。打算なんか一切ないってよくわかるよ。普通なら関わりたくない状況だったということでしょ。ヴァルヴァではなく人間ならなおさら」
「そうなんです! 彼は本当に優しくて。泣いている子供を放っておけない。それだけの理由でリヴィウを助けてくれたんです」
アンジの話になると目を輝かせるリヴィアは、リヴィウの頃と何も変わっていなかった。
「はやくアンジを探さないと。リヴィアは学校もあるんだろ?」
「いえ。大学は卒業しました。飛び級で」
「天才か!」
モレイヴィア国でも飛び級は例外だ。
「アンジに捨てられたと思って勉学に専念しましたから」
「リヴィア! だめ。また目が死んでる」
「大丈夫です。続きがあります。母から事前にいわれていたのです。大学に入ったら渡すものがあるから努力しろと。そして私が大学に入学した日のこと、母から渡されたものがあるのです。こちらを」
リヴィアはタブレット端末を取り出すと、画面をヴァレリアに見せる。
「これは……入金記録? 額はまちまちだけど、毎月きっかり入っているね」
「はい。アンジからリヴィウへの送金です。端した金だから小遣いの足しにして欲しいと最初にこの通帳とともに連絡があったきり、定期的にこの口座へ送金されているとのことでした」
「——待って。この変動額。ひょっとして最低限の取り分だけ確保して全額リヴィウへ入金しているってこと?」
ばらつきがあまりにも多すぎた。最低額は決めているようだが、おそらく仕事がなかった月だろうと容易に想像ができる。
「……はい。無理をしていることが見て取れます。リヴィウなんかのために。私もそのことに気付いた時、締め付けられる思いでした」
うっすらと涙目になっているリヴィア。
「——絶望しました。自分の頭の悪さに。アンジはいまもなおもリヴィウを護ろうと戦っていたのに。私はひねくれて。いや、自暴自棄にも似た熱心さで勉強に邁進して。母にはぶたれた気さえしました」
「お母さんは知っていたんだね。リヴィアが真相を知った時、どれほど後悔するかを」
「ご褒美ではなく罰ですよね。アンジの愛情を疑った私への。大学に入ったら好きにしたらいいと母に言われました。そして一緒に大学を卒業した妹のレナと一緒に起業したのです」
「待って。妹さんも飛び級なの?!」
「そうですよ。同い年ですよ。私のほうが数日先に生まれていただけです。彼女もまたアンジに命を助けられた過去があります」
「うへえ。そんな二人が作る会社ってどんなのなんだ」
「煌星を変革させるほどの力はあるはずです」
「……冗談ではなさそうだね」
リヴィアは淡々と語っている。おそらく自分以外のことは冷静に俯瞰できるのだろう。
「そのリソースすべてを使ってアンジを守ります」
「そのためにもまず見つけなきゃ、だね」
「はい。ヴァレリアの力もお借りします。この会社に入れる資格を持つ者はきわめて少ないですから」
「あはは。就職が決まった」
笑うヴァレリアを、微笑みながら見守るリヴィアだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
リヴィアが寝たふりをしているヴァレリアを引っ張る。
「ロスタイム終了ですよ〜。アンジが朝ご飯食べられないじゃないですか」
アンジの朝食は大事だ。ヴァレリアはようやく状態を起こす。
「……ふぁ〜。よく眠れた。あ、ライン縮めておいたから」
「……そこは感謝します」
固まったままのアンジ。
ヴァレリアが腕にしがみついて眠っているのだ。
「お嬢様。はしたないですよ〜」
リアダンが小声で声をかける。
「これはライン越え」
レナの口調は厳しい。
「……珍しいな。本気で熟睡しているぞヤドヴィガ」
「俺はどうしたらいいんだ」
アンジが気恥ずかしさで死にそうになっている。
「腕を抜いて」
「そうしようと思っているが抜けないんだ……」
ヴァルヴァのほうが筋力は上だ。
無意識でしがみついているヤドヴィガを振りほどくのは至難の技だ。
「あたしより上手がいるなあ。いや。深い眠りに入っているようだから無意識か」
「手のひら枕がよほど良かったとか?」
「レナたちもそうしてもらおう」
「そうだね!」
「でもヤドヴィガをどうやって起こそうか」
「アンジ朝食の危機」
「起こすには忍びないな」
アンジが思わず口にするほど、穏やかな眠りについているヤドヴィガ。
「こんなに熟睡しているヤドヴィガはレア」
レナが物珍しそうにヤドヴィガの寝顔を見つめている。
穏やかな寝息を立てているヤドヴィガに、困惑を隠せない一同だった。