「機兵のパイロットを」
「オッケー。機兵には乗り慣れているよ。そういう学科に通っているからさ」
「人を殺すことにもなりますよ。敵は煌星支部軍になりますが」
「そいつらなら殺せるよ。あたしは連中に両親が殺されたんだから。——あの時、アンジが私に仇を取らせなかった理由、今ならわかるよ。感謝している」
「アンジはそういう人です。ヴァレリアもあの後、色々あったのでしょうね」
「かもね? でもそれこそあの時のリヴィウが語ったのと同じ。あたしの未来はアンジがくれたもの。アンジが紹介してくれたレスリック家の領内にある孤児院で育ったんだよ。アンジがあの時助けてくれなければ死んでいたのは知っているでしょ」
ヴァレリアは自分の境遇は意に介さない。
「その場にいましたからね」
それはリヴィアにとっても同じことだ。
「なによりあのとき二人が焚き火している時、聞いてくれたから今のあたしがいると思っている。だからあたしはリヴィアの力にもなりたいんだ」
「……私の?」
「あたしら友達でしょ? 違った?」
「友達です」
二人は顔を見合わせ、同時に穏やかな微笑みを浮かべて紅茶を飲む。
「リヴィウはアンジを傷つけた。性格が変容して当然なんです。どんなに嫌われても手を離すつもりはありません」
「だからリヴィアはアンジを養えるような組織作りをしているんでしょう」
リヴィアは首を縦に振り、肯定する。
「問題はアンジ本人の足取りが掴めていないことですね」
「モレイヴィア国内にはいると思うんだけどな。偽名は使っていないはず。あたしの孤児院近くにもいたようだし」
「本当ですか? いつ頃の話でしょうか」
「二年前。さっきここで聞いた話が出所直後なら僻地や首都を問わず転々としている。アンジに助けられたヴァルヴァの人たちが人知れずに、本人に悟られないように誘導しているみたい」
「アンジを守る地下組織がすでにある、ということでしょうか?」
「違う。おそらく、ただの連帯感で自然にそうなっている。あたしらヴァルヴァはそれだけの恩義をアンジに感じているからさ」
「そうですね」
リヴィアは肯定する。アンジは多くを殺したが救った人数のほうが多い。
「そちらのほうのツテはないんですよね」
リヴィアは困惑する。アンジと別れてからはずっとモレイヴィアの首都に住んでいたからだ。
「そうなんだ」
「お母様の人脈で情報は精査していますが、アンジの足取りが掴めなかったのです」
リヴァアにとってヴァレリアの情報は思いもよらぬものだった。
「ヴァルヴァたちは隠し通すよ。よそ者なんかに教えないし、アンジもあえて転々としているいるはず」
「根気よく探していくしかないですね。ヴァレリアには周辺のヴァルヴァたちへの聞き込みも御願いするかもしれません」
「任せて。もうすぐ卒業するから、なんでもやれるよ」
「就職先も決まりましたしね」
「ところで確認したい」
「はい?」
ヴァレリアの真剣なまなざしに向き合うリヴィア。
「アンジとの間で生じた誤解って何さ」
「それは…… いえ。リヴィウからリヴィアに名前を変えた今、話さないといけませんね」
一息いれて、リヴィアが語り出す。
「太陽圏連合煌星支部に追い詰められたアンジはモレイヴィア国に投降しました。裁かれるならヴァルヴァと人間が共存するこの国を選んだわけです」
「罪状が大量殺人と児童誘拐だね」
これはラクシャスのパイロットといわれている人物に下された罪状であり、モレイヴィアの住人では誰もが知る事実だ。
「そうです。彼は投降する条件としてリヴィウの安全と今後の養育環境について要請しました。そして死刑判決が下されたのです」
「表向きは、だろ。実際はレステック大統領が煌星支部やヴァルヴァ解放戦線から匿うための措置と聞いた。ヴァルヴァたちを一人で救出し続けた人間を殺すとなると、体裁も悪いからな」
「レステック大統領閣下の奇策でした。発生した事件はすべてモレイヴィア国内で起きたものであり、主権の行使。属地主義の自治権に基づく非公開軍事裁判によって決定されました」
「リヴィア」
「はい」
「あたしが聞きたいのは形式的なことじゃない。いや、それも知りたかったけど。あんたとアンジに何があったのか。それが知りたいんだ」
「わかっています。アンジの両手に枷がかけられた時の話です。——役人の手によってリヴィウはアンジと引き離されました。その時、あまりの絶望から叫んでしまったのです。大嫌い、と」
リヴィアは涙を湛えて、顔を覆う。
「一緒に死にたかった。アンジだけを残して生きるつもりなんてなかった。でもアンジは違った。リヴィウの未来を繋げようと必死だった。でも私の一言で、彼の顔もこの世の終わりのような表情をしていました」
「そうだろうなぁ」
リヴィウはアンジにとって家族そのものだったのだろう。
リヴィウから嫌われることも覚悟していただろうが、直接言われると堪えることは想像に難くない。
「あれだけリヴィウに尽くしてくれたのに。あれだけ一緒にいたのに。私はあまりにも子供すぎた。自分の存在がどれだけアンジの未来を犠牲にしているか、知ろうともしないで」
「それは違う。アンジはあんたがいたから戦えた」
「……それでも私は彼の命を賭けた善意を踏みにじってしまった。だからリヴィウはもういないんです。いてはいけないのです」
「思い込みすぎじゃ。誤解も解けるよ」
ヴァレリアにもリヴィアにとってもその日の出来事が間違いなく重度のトラウマになっていることは見て取れた。