「え?」
少女が目をぱちくりさせて、驚愕する。
「髪を染めるのもやめたのか。あたしはともかく、あんただけはアンジの目を離しちゃダメだったんじゃない?」
「待って。どうして私のことを……」
突如、アンジでさえ知らない正体を見抜かれて、動揺を隠せない少女。
「一人称はボクだったでしょ。私に変えたんだね。あたしのことはもう忘れた?」
「……まって。貴女。ひょっとしてヴァレリア?」
「ようやく思い出した? とりあえずこの腕を放してくれないかな」
「ごめんなさい」
少女が慌てて手を離す。
「リヴィウ。今の名は?」
「リヴィアと呼んでください」
「意味は同じだね。そのままか」
苦笑するヴァレリア。男性形と女性形の違いに過ぎない。
「どうして死ぬときは一緒とまで断言していたリヴィアが、アンジを見失っているのか。罪状は大量殺人犯で幼児誘拐だったか。そこから話を聞かせてよ」
リヴィウが誘拐されたと言い張ったとは思えない。真相はすべてリヴィアが知っているとヴァレリアは看過した。
「そ、それは…… とりあえず場所を変えましょう」
攻守が逆転した格好だ。
ヴァレリアはリヴィアの自宅に案内された。
「はえー。お嬢様だ」
「私はこの家の養女になりました。アンジが投降した際、司法取引で私の養育環境を要求したおかげです」
「あは。最後までリヴィウのためか。アンジらしい」
「私達は最後に誤解がありました。その誤解が深い傷になり、今もってアンジと私を苦しめています」
リヴィアは寂しげに笑う。
「だからもう二度とアンジの前でリヴィウという名を名乗ることはありません。リヴィアという人間はリヴィウの親友で通すつもりです」
「それ、無理がありすぎ」
「髪色も性別も違いますし?」
「アンジ。鈍感だったなあ。なんとかいけるか」
そこがアンジの良いところでもある。
純朴な性格の男性だったのだ。
「ヴァレリアこそ、アンジを探して何をするつもりだったのです」
「ん? 約束したじゃないか。アンジの居場所になるって。あたしはそのつもりだったし、リヴィアと一緒に。リヴィアがいなくてもアンジと一緒にいるつもりだったよ」
「約束しましたね」
遠い日の約束を、ヴァレリアは律儀に覚えていたようだ。
「でもその約束は忘れてくださって構いません。必ずアンジを探し出して私が保護します」
「——ダメ。二人が一緒にいて邪魔ならそうしてもよかったけど、リヴィアはアンジの手を離したじゃないか」
「好きで離したわけではありません!」
むきになって声を荒げるリヴィア。
「そうだろうけどさ。あたしだって、あの日の出来事を忘れることなんてできないよ」
ヴァレリアもアンジの消息を掴もうと必死だったのだ。
「アンジと一緒に働いていた人間にいわせると、今のアンジはうらぶれて覇気のない男性だったそうです」
「そう? あたしは構わないけど。英雄だった人が栄華に満ちている時だけ一緒にいて、うらぶれたら恩も忘れて見放すの? 私なら支えてあげたいな。そんなときこそ傍にいてあげないと、あの時のあたしと一緒にいてくれたあの人のように」
「仰る通りです。失言でした。ごめんなさい」
「——あの人がヴァルヴァとリヴィウのためにどれだけ必死に駆け抜けたか、あたしは知っている。そんな背中を見ていて、あの人以上の男性なんて見つかるわけがない。それこそあんたが一番わかってるでしょ」
「はい……」
返す言葉もないリヴィア。
「虐めすぎたね。ごめんよ」
「いえ。ヴァレリアの言う通りです」
「あたしはさ。そろそろ進路を決めないといけないけど学もないし、お金もないから整備士かパイロットでもやってアンジと一緒にいたいなって。それでモレイヴィアにきたんだ」
「進路ですか」
リヴィアは瞳を閉じて、切り出す。
「私はアンジの安住の地になるような会社組織を作っています。その組織は表向きこそ傭兵組織ですがアンジのために死ねるような者たちのみで構成されます。身も心もアンジに捧げて、アンジに殺されても文句を決していわない。そんな強い覚悟を持ったメンバーだけです。お勧めはできませんが、念のため知らせておきます」
「そんな強い想いを秘めた女性がもう何人かいるってことだね」
「他には私の義妹と友人がいます。全員ヴァルヴァです」
「いいよ。アンジに身も心も捧げて、殺されても文句を言わなきゃいいんだよね? 問題ないよ。そのハーレムにいれてよ」
「ハーレムではありません。アンジを保護する会社。私達がアンジを養うのです」
目を逸らしたリヴィア。やはりそう連想させるものがあるという自覚はあったのだ。
「似たようなもんじゃん。あれだ。ライオンの集団生活みたいなもんでしょ。あたしも入りたい」
「本気ですか? ——いえ。あなたがあのヴァレリアなら愚問ですね」
「アンジは女性が苦手だったろ。それぐらいの覚悟がないと振り向いても貰えないよ」
「よくわかっていますね」
「リヴィウに教わったからな!」
大きな胸を張るヴァレリア。
「胸の大きさを誇示しないでください」
スレンダー体型であることを気にしているリヴィアが目を逸らす。
「あたしのアドバンテージはこれぐらいさ。あたしはその会社で何をやればいい?」
可愛くて胸が大きいというアドバンテージは絶大だと思うリヴィアだが、口には出さなかった。