翌朝、アンジはヴァレリアを村に送ることにした。
ヴァレリア自身は彼らについていきたいと口にしそうだったが、ぐっと我慢した。二人は十分に彼女によくしてくれたし、わがままとはいえない。
アンジが朝食の準備をしてくれている。ヴァレリアはずっと気になっていたことをリヴィウに聞いた。
「ねえ。リヴィウ。なんで女の子だって隠しているの? アンジさんはいい人だし」
「ん? ああ。ボクもそんな心配はしてないよ。アンジのほうが安心できるかなって。アンジは女性が苦手だし」
「そうなんだ?」
「うん。アンジはそういう人。女だと下心があると思われたらどうしようと悩むような人だから、ボクは男でいい」
「逆にいえば女の子だから助けたわけではないなら、どうして助けたのかな。男性なら少しぐらい下心があってもいいでしょう?」
「ボクが助けてっていったから。声に出したわけじゃないけど、アンジはちゃんと理解してくれた」
「すごい。リヴィウは髪も染めているよね?」
「でもアンジは無理に確認したりしないよ。一緒にお風呂入っても気付かない」
「さすがにバレるんじゃないの? 鈍感すぎない?」
「恥ずかしいっていってタオルぐるぐる巻きにして入るから。アンジも無理に脱がしたりはしない。昔、背中が傷だらけだった。その傷ももアンジが治してくれた」
「優しい人なんだ」
「ボクにだけね」
ちょっとだけ自慢気に笑うリヴィウ。
これが年頃の少女なら惚気だというのだろうが、幼い二人にそんなことはわからない。
「ボクは煌星支部の兵士に酷い目に遭って、アンジが助けてくれなかったら殺されていたと思う。廃棄物だから」
「廃棄物……」
ヴァレリアも聞いたことがある。
廃棄物と呼ばれる新機生産で生まれた、何の特徴もないヴァルヴァのことを。
「アンジはボクのためにお尋ね者になって、ボクを通じてヴァルヴァのことを観るようになって。ボクみたいに酷い目にあっていたヴァルヴァたちを助けるようになって。太陽圏煌星支部軍からお尋ね者になっちゃった」
「そんな…… だから村には入らないと」
「こんな生活、長くはないとはわかっているけどね。一日でもアンジと長くいたい。ほらコックピットだと死ぬときは一緒でしょ?」
「死ぬとき……」
「死ぬ気はないよ! アンジだけでも助けられたらいいなあとは思うけど、ボクはまだ子供だから何もできない」
悔しそうに呟くリヴィウの横顔をヴァレリアは見つめていた。
羨ましい、と何故か思ってしまったのだ。
「アンジに先立たれたらボクも生きている意味はないし。はやく大人になってアンジの居場所を作ってあげないと。その時は女だってバレてるだろうしね」
「あたしも手伝いたいな」
「手伝って。きっと苦しいから、期待はしていないよ」
くすくす笑うリヴィウ。
「いーや、あたしも手伝うから」
「うん。御願い」
そういって二人の少女は笑い合う。
ラクシャスの足元でアンジが二人を呼ぶ声が聞こえる。慌てて二人は降りていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ヴァレリアは十八歳になり、進路を確認するためにモレイヴィア城塞にきていた。
村を焼かれた戦争孤児のため、大学に進学は考えていない。就職か、専門コースへの進学を考えていた。
就職は整備士がいい。いつかアンジとリヴィウに会えるかもしれなかったからだ。
「アンジは五年前に出所したと聞いた。整備士だったから、また整備士の仕事をしているよね」
ヴァルヴァたちにとってアンジの名は知られていない。世間一般にはラクシャスのパイロットという通り名で伝わっている。
だからアンジという人を訪ねて回っていたのだ。
モレイヴィア城塞は広い。
数日かけずりまわって、とある工場を数年前に辞めたという話を聞いた。
「お嬢さん。彼のことを知っているのかい?」
猫耳の中年がさりげなく確認する。
「村を焼かれた時、助けてもらいました」
それだけいえば伝わる。
「そうか。多分、行く先々でクビにされては、誰かにすぐ雇われているはずだ。同胞はみんな、気にしている」
同胞とはヴァルヴァと親ヴァルヴァの人間のことだろう。
「そうだよね。あたしも助けてもらったお礼がしたくて」
「無理に探してやるな。そっとしておいてやれ」
「うん。でも、会いたいんだ」
「そっか。迷惑にならないようにな」
「ありがとう。おじさん」
ヴァレリアはヴァルヴァの整備士にお礼をいい、宿に戻ることにした。
その時、いきなり腕を掴まれ、路地裏に引きずり込まれた。
反射神経が鋭い
背後には青みがかった銀髪の少女がいてヴァレリアの腕をねじりあげている。
「なんのためにアンジを探している?」
「あたしはただ、お礼をいおうと」
「彼のことはそっとしておいて。おおっぴらに尋ねて回らないでください。ただでさえ少ない手がかりがもっと少なくなってしまう」
「へえ。なんであんたが見失っているんだよ? ——リヴィウ」
ヴァレリアは即座に少女の正体を見抜いた。匂いとでもいうべきものがリヴィウと同じだ。
彼女は鼻が利く。少女の匂いを忘れてはいなかった。