「ヴァレリア。お前の親父さんは凄いな。よく知らない俺がいうのもなんだが、わかるんだ。六機のハザーに立ち向かって、一機は撃破していたんだ。あの戦闘力差なら逃げて当然なのに」
「……」
「日々お前たち家族を養って、ヴァレリアを育てて。それはとても大変なことなんだ。俺では無理だ。所詮根無し草だからな。だから、ちゃんと弔ってやりたい」
「……」
ヴァレリアは泣いている。アンジの言葉で父が誇らしく思えた。
「俺とリヴィアには両親がいない。だからヴァレリアにかける言葉もわからない。しかし弔いたい気持ちは本当だ」
「……ありがとう」
アンジはラクシャスをその場所まで移動した。
「ここらへんがいいと思う」
ヴァレリアに声をかけられ、
ラクシャスはそっと胴体部分の解体を始めた。
亡骸を取り出したあと、そっと地面に置いた。
「お父さん……」
力無く呟くヴァレリア。
アンジは無言。ラクシャスを何往復させ、地面の土ごと運べる遺体はすべて運んだ。
ラクシャスはアンジが操縦するがまま、地面に大きな穴をあける。
「ヴァレリア。埋める前に、直接お別れしてこい」
「一緒にいこうヴァレリア」
アンジとリヴィウに声をかけられ、頷くヴァレリア。
二人は遺体の前で祈りを捧げている。祈り方など知らないアンジは見守ることしかできなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
煌星におけるモレイヴィア地方は常夜だ。朝日が昇ることはない。
星空の下だが地球時刻21時を過ぎている。
「遅くなったな。村に戻る前に休憩しよう」
「そうだね」
ラクシャスが倒木を運んで、小さな空間に据えた。
「野営するか。リヴィウ。手伝ってくれ」
普段なら野営などしないが、リヴィウとヴァレリアを狭い後部座席に寝かせることを考えて考慮したのだろう。
リヴィウがてきぱきと準備を始める。
アンジは枯れ枝を集めてきて焚き火をする。これは暖を取るためのもの。
煌星は地球よりも平均温度が低いが、これでも遥かにましになったという話だ。
「何があるか。暖かいものがいいな。コンビーフ缶とオートミールパックはあるか。よし」
調理器具で鍋に水を入れ沸騰させ、その中に缶を放り込み湯煎する。
携行食や栄養ゼリーもあるが、両親を亡くして気落ちした少女に食べさせるものではない。携行食は完全栄養食で茶、白、緑の粒状であり味はそこそこだが見た目が最悪だ。
食と睡眠だけはどれだけ人間が進化しても、革命は起きないだろう。
「ヴァレリア。一緒に食べよう」
リヴィウが声をかけると、ヴァレリアもやってきた。
ヴァレリアを挟んで倒木に座る。
アンジがコンビーフ缶からフォークで
「……このコンビーフ、イマイチかもしれん。塩気が強すぎる」
「選択を誤ったかな?」
アンジたちはとある事情で、物品を購入できる場所が非常に限られている。
ヴァレリアがコンビーフをすくって口に入れる。
「……美味しい」
「そうか? それならいいが、無理はするなよ」
「ううん。大丈夫」
二人の気遣いがヴァレリアには嬉しかった。
もう一口だけ口に含んでから、缶を地面に置き今度はオートミールを食べてみる。
「……こっちは正直、美味しくないかも……」
「もう少しなんとかならなかったのか、これ」
思わずアンジも苦笑する味だった。
「ドライフルーツとシロップで調理はしてあるものだけど、苦しいね。次からやめよ」
「そうだな。ヴァレリア。すまない」
「……いいよ」
はにかんだ笑顔を浮かべるヴァレリア。
「……お母さんはよくパンを焼いてくれた。お父さんはお母さんの焼いたパンが好きで、あたしも好きだった……」
ヴァレリアはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「お父さんは人間で。お母さんはヴァルヴァで。でも仲が本当に良くて。……お母さんに料理大好きっって……」
涙を溜めながらコンビーフを口にする。
「お父さんとお母さんに大好きってもっといえば良かった……」
アンジとリヴィウは見守るだけ。
境遇が違えど、二人には両親がいない。アンジは煌星の紛争で早々に。リヴィウは工場で生産された。
だからといってヴァレリアの感情に何も感じないわけではない。
今はそっと傍にいて話を聞くことが大切だと二人にはわかっていた。
「……それでね……」
ヴァレリアは話し続ける。リヴィウがたまに質問をして、ヴァレリアが答える。嬉しくもあり哀しくもあるが、知ってもらいたいという思いが強かった。
深夜を回って、ヴァレリアは大きなあくびをする。
「二人とも。優しいね」
ヴァレリアが力無く微笑んだ。二人は本来、彼女の思い出話に付き合う義理もないのに。
ただずっと傍にいてくれた。
「ヴァレリアのご両親。優しかったんだな」
アンジも微笑む。ヴァレリアの純朴な思い出は彼女の両親が善人であることを示していた。
「うん」
「ここでは風邪を引く。コックピットで寝ようか。リヴィウと二人になるが」
「大丈夫。リヴィウにいて欲しい」
今は一人になりたくない。八歳のヴァレリアはそう思った。リヴィウは彼女よりも年下だがとてもしっかりしている。
「うん」
リヴィウも頷いた。自分が誰かの力になれるなら、それはとても嬉しいことなのだ。