アンジにひっついているヴァレリアは夢心地だ。
「ヴァレリア。ヤドヴィガ。ロスタイム終了」
レナの声が聞こえるが、動くつもりはない。
ヤドヴィガに至っては覚醒の気配すらない。
「うーん…… あと一時間……」
ヴァレリアは寝言のように要求を伝える。
「長い! そこは五分じゃないかな〜」
リアダンが苦笑している。
(んふふ〜。起きるまでは私達のターンだ)
「くー」
「わざとらしい」
リヴィアは呆れている。
こんな時間があるのもすべてアンジのおかげ。
ヴァレリアはぼんやりとアンジとの出会いを思い出していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
町が焼かれた。
軍からの仕事がなくなった太陽県連合煌星支部軍の一部が略奪者となって町を襲撃したのだ。
町はヴァルヴァと人間が住む、どこにでもある農町だ。ヴァルヴァは伴侶に求める。
六機ものハザーによる、白昼堂々の襲撃だった。
煌星の夜は長い。地球でいう四ヶ月以上続く。ヴァレリアは星空をみながら帰宅していた。
爆発音が響き、呆然と立ちすくむ。帰宅方向だ。
「お父さん! お母さん! エレナ!」
向かおうとすると、頭上から声がかかる。
「いくなヴァレリア。引き返せ」
「お父さん!」
農場を管理していた父が、警備用の機兵に搭乗していた。
農作業用だが、防衛用ライフルをもっている。
「お前はまっすぐ逃げろ。母さんたちも逃げたはずだ。後ろを振り返るな。いけヴァレリア! 愛している!」
父の機兵は爆発があった場所に向かおうとする。
「いけ! ヴァレリア!」
幼いヴァレリアは駆け出し。
必死に森がある方角に走った。
父は人間で母がヴァルヴァ。仲睦まじい二人だが、父は同じ人間である軍崩れの野盗を許せず、立ち向かっていった。
多勢に無勢。町には四機の警備用のハザーが駐機しているが、装備の充実した軍崩れの
背後を振り返ると町が破壊され、噴煙があがる。
ゲリラは女子供も物品として略奪する。襲撃があった場合、一目散に逃走することは、モレイヴィア内では常識だった。
背後で爆発音が轟く。感度の良い犬耳を伏せ、両手で通常の耳を塞ぐ。
「父さん……」
母親たちが無事逃げていることを祈るのみ。
ヴァレリアは俊足を活かし、夢中で逃げた。
ハザーは背が高い。遠くに逃げたいと思っていてもすぐに追い掛けてくる場合もある。
子供一人に必死になることなどということはない。若く、女ならそれだけで価値がある。それがたとえ年端のいかない子供でも。
戦禍の中に慈悲などないのだ。
できるだけ身を低くして、四つ足の犬のように。
ヴァレリアは
どれぐらい走っただろうか。
ようやく後ろを振り返ると、町があった方角から炎と煙が立ちこめている。
「あ、ああ……」
言葉もなく立ち尽くした。ヴァレリアを追うようにハザーが三機、近付いてくる。
子供の脚など限られている。向こうは十メートルサイズの巨人。見逃すはずもなかったのだ。
「やっぱり一人のようだぜ」
「外れだな。こいつを泳がせれば、逃げた女子供を一網打尽にできると思ったんだが」
「仕方ねえ。このガキだけでも連れて帰るか」
襲撃団のハザーたちが通信で会話をしているが、ヴァレリアには聞こえない。
「おい。そこのお前! 一人か? 嘘をついたらすぐに殺す」
略奪軍のハザーは銃口を突きつける。
「ひ、ひとり……」
事実、そうなのだ。
母たちも避難しているはずだ。
「こりゃこいつだけだな。親や仲間がいても、逃げるだろ」
「一人でずっと走っていたからな。やれやれ。収穫は少ないな」
機兵は十メートルサイズ。逃げるヴァレリアを視認していたのだろう。
「まあいい。ふんじばって連れて帰るぞ」
略奪軍のパイロットがヴァレリアに呼びかける。
「抵抗するな。命だけは助けてやる。両手を挙げて大人しくしろ」
ヴァレリアは震えながら言う通りにして、両手を挙げる。
「よし、いい子だ。おじさんと一緒にくるんだ」
ハザーのハッチをあけ、装甲カプセルから身を乗り出す兵士。
その瞬間、彼の搭乗していたハザーが仰向けに倒れた。
「うわぁ!」
空中に放り出されて地面に落下した兵士はそのまま動かなくなった。
「え?」
頭上を見ると、見たこともない機兵が出現していた。
槍のような剣に、楯を構えている。
「避難して!」
機兵から子供の声が響く。
味方だと瞬時に悟ったヴァレリアは急いで離れた。
「なんだてめえは!」
強奪軍の兵士が声を荒げる。
問答無用で出現した機体が剣を突き刺すと、内部から爆発した。
強奪軍の機体を無造作に蹴飛ばすと、その機体は先ほど放り出された兵士の上に倒れ込み、赤い染みが広がっていく。
「ひ、ひぃ! お前はなんだ!」
「——ラクシャス」
正体不明の機体に搭乗するパイロットが一言、そう告げると同じように剣を突き刺し、内部からハサーを爆発させる。
「周辺に敵はいないな。リヴィウ。女の子を頼む。俺は無傷の機体に行く」
「うん!」
パイロットのアンジがそういうと、後部座席に座っている黒髪の少年が元気よく返事をした。
ラクシャスのハッチが開き、まずリヴィウが飛び降りる。
「ねえ。君。大丈夫? 怪我はない? ボクはリヴィウ」
「だ、大丈夫。ありがと…… あたしはヴァレリア……」
ヴァレリアは動悸が治まらず、ようやく名前をリヴィウに告げる。
少年もヴァルヴァのようだ。
アンジはコックピットのなかでパネルを操作して、通信を繋ぐ。
リヴィウに手を振って合図した。ヴァレリアに小声で声を立てないように伝える。
「おい。こっちはガキ一人捕まえたぜ。もう引き返す。そっちはどうだ?」
「警備隊の抵抗が激しかったがようやく制圧した。さっさと戻って来い」
「わかった」
通信を切って、二人の元に戻った。
「彼女はヴァレリア。町の状態はわからないって」
「俺はアンジ。流れの整備士だ。大丈夫か?」
やや太った青年がヴァレリアに話しかける。先ほどあっさり兵士を殺したが、ヴァレリアを助けるためだと思うと悪い人間ではなさそうだ。
「ありがとうございます……」
お礼を口にすることが精一杯だった。