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第46話閑話 悪役上司

 とある田舎町の整備工場で、ヴァルヴァの男性が現場責任者の上司に尋ねた。


「アンジのおっさんは?」

「クビにした。――そんな顔をするな。事情はわかっている。何も心配するな」

「だよな。ということは然るべき場所に?」

「そういうことだ。彼がお前たちに為した功績に相応しい場所へ行く手筈になっている」


 ほっとした表情の青年はそのまま立ち去った。

 仲間にアンジの扱いを伝えたのだろう。


「気取らない男だったな。嫌いじゃなかったぜ」


 クビを通達した時、表情一つ変えずに立ち去った。

 手筈ではモレイヴィア大統領の手の者であるヴァルヴァが、すぐさま迎えにいく手筈になっているはずだ。

 大きな事件も発生していない。


 トイレのある方向へ向かい、喫煙スペースに行く。

 品種改良された煙草は火をつける必要はあるが無煙で、健康に害はない。

 口に加え、火を付ける。こういった儀式プロトコルも人間には欠かせない。


「お疲れさん。嫌な役目を押しつけてすまなかったな」


 いつの間にか隣に社長がいた。彼と同じ人間で、初老の男性だ。


「仕方ないですよ。レステック大統領から直接電話がかかってきたんでしょう?」

「しかし彼は事情を知らない。君を悪役にしてしまった」

「それぐらいがいいですよ。アンジはクビにされることも慣れているようだ。俺と同じ悪役上司が沢山いたってことでしょう」

「無遅刻無欠勤、早朝出勤で整備準備までしてくれる男を好きでクビにする会社はない。機兵の整備はどこも人手が足りないからな」

「ヴァルヴァの有志で人知れず動いていたという話でしょう?」

「そうだ。レステック大統領ですらアンジの足取りを掴めなかった。おそらくは組織ではなく、行く先々でヴァルヴァたちがさりげなく職を世話したのだろう、と」

「彼の身に身辺調査が及びそうになると、悪役の出番ってことですね」

「本人に悟られないようにな。みんな悪役をあえて買ってでたのだろう」


 社長は部下に悪役を演じさせてしまった引け目を感じている。


「大丈夫ですよ。俺だって昔、聞いたことがあるぐらいですからね。ラクシャスの名は。ヴァルヴァたちにとっては本来手元に置いておきたい人物のはずでしょう」

「そうだ。だが彼等はあえてそうしなかった。まだ迎えるには早いと踏んだんだ」

「名目上、大量殺人の実刑ですからね。アンジが投降した際、レステック大統領も大変だったでしょう」


 彼はいまでも覚えている。

 ラクシャスのパイロットがモレイヴィア城塞に投降し、大量殺人の容疑で逮捕された日。

 ヴァルヴァたちの多くがモレイヴィア城塞に嘆願に訪れたという情報が流れたのだ。


「私達のためにたった一人で戦った男が、何故殺人犯なのか。彼等はそう叫んでいたな」

「そうでしょうとも。気持ちはわかります。同じ人間だった俺ですら歯痒い思いをしましたからね。――それが彼とは思いもしなかったですが」

「大量殺人犯には見えなかっただろう?」

「こういっては失礼だが、英雄にも見えなかったですね」

「そうだな。ただの男がヴァルヴァの少年を保護して、降りかかる火の粉を追い払っただけというのが真相だったようだ」


 社長が苦笑する。


「ああ。もう一つの罪状は児童誘拐犯でしたっけ。くそったれな話です。ヴァルヴァが統治するモレイヴィアがそんな罪状を下すなんて。ラクシャスのパイロットは家畜同然の扱いを受けていた子供たちを解放していたって話じゃないすか」

「その通りだよ。だが英雄扱いでは人間、とくに太陽圏連合煌星支部軍の人間が納得いかない。あえてそんな罪状を課したのさ」

「それでも奴らはラクシャスのパイロット身柄引き渡しを要求して、レステック大統領はモレイヴィア国の主権を訴えて退けた。たしか属地主義の自治権とやらに基づく非公開軍事裁判を行うと宣言して突っぱねたんですよね」

「多くのヴァルヴァはその措置で納得したんだ。司法取引に応じたともニュースになったしな」

「モレイヴィア国内での出来事ですもんね。煌星支部からは再三抗議にきたらしいですが」

「どうして彼にこだわるのか。私にもわからないんだよな」


 社長が遠くを見る目付きになった。アンジを思い出しているのだろう。


「モレイヴィアの国土は大きいが、他の大陸だとヴァルヴァを見たこともない人間もいるそうだぞ」

「太陽圏連合の影響下が強い地域はそうでしょうね」

「地球が小氷河期に突入して、緊急脱出という名の棄民政策を五十年前から開始した。それは今なお続いている」

「彼等はせっせとモレイヴィア周辺に植民させてますね。おかげで紛争が絶えない」

「人間もヴァルヴァも一枚岩ではないということだな。人間も太陽圏連合派、煌星完全独立派もいる」

「ヴァルヴァだって人間管理派や共存派に分かれていますからねえ」

「そういう意味では彼は希有な人間だったということだ。とくにヴァルヴァにとっては」

「どこにでもいるおっさん整備士でしたがね。腕は良かったので、ちと補充は数人増やしてもらう必要がありますね。社長」

「整備士の求人は出しているが、ベテランは無理そうだぞ」

「そこは仕方ありません。やる気があるなら叩き込みますよ。それが仕事ですから」

「やりすぎて恨まれないようにな」


 ポケットのなかから携帯灰皿を取り出して、吸い終わった煙草を収める現場責任者の男は表情一つ変えずにいった。


「それもまた悪役上司の仕事でしょう?」

「違いない」


 社長の口元も思わず緩んだ。

 上司たるもの、そういう役目を背負わないといけないこともあるのだ。


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