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第45話 川の字

 アンジは布団中央で固まっていた。

 右隣にヴァレリア。左隣にヤドヴィガに挟まれている。二人とも露出の少ないパジャマ姿であることが唯一の幸いだ。


「二人もいると気まずいんだが」


 アンジも逃げられないことは悟っているので、正直に本音を口にだす。


「アンジ様。一人のほうがもっと気まずくてよ?」


 ヤドヴィガがにっこり笑う。アンジの気まずさも理解の上での笑顔だ。


「それもそうか」


 アンジはあっさり認めた。一対一のほうが絶対に気まずいという確信がある。


「まずは距離感を詰めていけないといけませんしね?」

「そそ。だからあたいたちも露出の少ないパジャマだし。アンジもそっちのほうがいいだろ」

「そうだな」

「あ、断言されたー」


 ヴァレリアが少しだけ残念そうに笑った。


「色仕掛けにはまだ早いということですわね」

「ヤドヴィガが本気になったら怖そうだなあ」

「頼むからやめてくれよ。第一だな、俺は子供の頃のヤドヴィガを思い出したんだからな! 爺さんの顔がちらつく!」


 アンジが悲鳴に似た声をあげるが、本心だった。

 あの老紳士の娘に手を出そうとは思えない。

 老紳士が狐どころか狼のように手ぐすね引いて待ち構えている姿が見えるようだ。


「……く! 思わぬところで障害が!」

「あはは。そんなに怖いんだ、ヤドヴィガのおじいさん」

「まーなー。怖いというかなんというか。威風堂々としていてな……」

「ですわね……」

「待ってくれ。二人とも真顔にならないでくれよ」


 二人のただならぬ様子にヴァレリアの顔がひきつる。


「なんというかだな。孫に手を出したなら最後まで責任を持てといわれそうだ」


 アンジはヤドヴィガの祖父に婚約を進められたことを今更ながら思い出す。

 お尋ね者生活を送っていた当時のアンジは、上院議員の名門と家族になるなど絶対に無理だという確信があった。


「私の場合は、何故押し倒さない! 女の武器を使えと説教を受けそうですわ」

「どんなおじいさんなのか想像つかないなー。でもおじいさんはヤドヴィガがアンジを捕まえる前提の話なんだ?」

「ええ。遺言もありましたが、完全にわたくしの意向ですね」

「爺さんがそんな遺言をしたとは思えんぞ!」

「嘘ではありませんわ。弟もその場にいましたし」

「上院議員の祖父と弟公認かあ。それも重いよね」

「そうだろ?」

「あたいは大丈夫っしょ。リヴィウと同じような感じだしさ」

「まあ、そうだな」


 否定はしない。ヴァレリアも可愛いし、何より愛嬌がある。


「ヴァレリアが攻めていますわね……」

「そんなことないよ。あたい、ほら女っ気ないし」

「そのほうが有利ということですわね?」

「ノーコメントだ」


 女性には縁がなかったアンジには、ヴァレリアぐらいの気さくさが心に染みる。


「そうですわ。犬と狐がじゃれていると思ってくだされば」

「それだなー」

「自分で犬とか狐とかいうなよ。反応に困るぞ」


 ヴァルヴァが奇妙な構造をしていることはアンジもよく知っている。

 ヴァレリアは犬寄りドッグライクだし、ヤドヴィガは狐寄りフォックスライクだ。人間とほぼ変わらないが犬耳と狐耳がもう一対あり、尻尾があるぐらいだ。変身できるわけでもない。

 不自然というよりはよく似合っていて、彼女たちの魅力をさらに増している要素だ。


「アンジのそういうところ、大好きだー」

「そうですわね」

「なんでそうなる!」

「アンジも知っていると思うけど? ヴァルヴァ内でも色々あるんだよー」

「わたくしなんて幾度となく女狐呼ばわりされたことか……」

「あたいは駄犬呼ばわりだなー。否定したところであたいが犬の因子があるヴァルヴァだってことには変わらないしね!」

「ふふ。そうですわね」


 からっと笑うヴァレリアに、優しく笑いかけるヤドヴィガ。


「二人が可愛いから嫉妬しているんじゃないか」


 アンジがふと感想をそのまま漏らしてしまった。


「お世辞でも嬉しいな!」

「ええ。実は女性慣れされていらっしゃるとか?」


 アンジは青ざめてぶるぶると首を横に振って否定する。


「女性慣れしていないから今だって死ぬほど気まずいんだよ!」

「ごめんなさい。アンジ様こそ可愛らしくて、つい」


 くすくす笑うヤドヴィガ。これではどちらが年上かわからない。


「あ、そうだー。アンジに抱きついたらダメでしょ。だったら手のひらを貸してよアンジ」

「手のひら?」

「そう。腕枕がダメなら手のひら枕。ダメ?」

「手のひらか。別に構わんが……」

「ではあたくしも」


 そういってアンジは大の字になり、両手のひらを二人の頭に占領された。


「寝てしまって振りほどいたらごめんな」

「大丈夫大丈夫。こっちだって勝手に外れるだろうし」

「ええ。――でもこれ、安心できますね。気持ちいいです」

「だよな! あたい聞いたことある! 川の字で寝るってやつだ!」


 そんな風にいわれても、アンジも返答に困る。


「そろそろ寝るぞー」

「はーい」

「おやすみなさいませ」


 両隣から良い香りが漂ってくるが、何せ二人もいる。

 ヴァレリアも言う通り、二人きりよりも三人でいるほうが変な気も起きない。


 翌朝、部屋に入ったレナは、ベッドの三人を見て無言で立ち去った。

 アンジが腕枕で、二人を抱えるように眠っていた。アンジは抱き枕代わりになっていた。


 アンジが目を覚ますと視線を感じる。

 両隣にはぴったりとヴァレリアとヤドヴィガがアンジに体を密着して眠っており、何より――


 ベッドに上半身を預けてじっと見ている三人に声をかけた。


「いったいどんな状況なんだ?」

「それはボクが知りたいです。そのラインまではOKということですよね?」


 リアダンが興味津々といった様子で眺めている。


「ダメといいたいが、俺がいっても説得力はないな…… ただの手のひら枕だったはずなんだが」


 寝ている事故なら仕方がない。

 そう、これは事故なのだと言い聞かすアンジだった。


「ボクの時も手のひら枕を所望します」

「……ああ」


 生返事のアンジ。


「二人はどうして俺ではなく、寝ている二人を見つめているんだ」


 二人の視線はアンジには向いていない。寝ているヴァレリアとヤドヴィガを注視している。


「レナは寝たふりをしている二人を監視」

「私も」

「寝たふり?」


 両隣を見ると、わざとらしい寝息を立てながら頑なに離れない二人がいた。



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