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第43話 半壊の機体

 ゾルザが当時の状況を語る。彼女自身が目の当たりにしてきた事実を。


「リヴィウが目覚める前に、応急修理したのですよ。ジャンクの左腕部を取り付け、装甲面は塗装を施したのです。リヴィウを後部座席に乗せてしまえば、気付かれることもありません」

「アンジはラクシャスを手放したといっていた。真相は違う。ラクシャスが戦える状態ではなかった」

「これだけの兵装をもってしてようやくラクシャス包囲網を切り抜けた。中隊? 大隊? アンジはどれほどの規模を相手にしたの」

「仮定の話をしてもよろしいでしょうか」


 レナも動揺は激しいが、AGIであるゾルザは冷静だ。

 淡々と二人に確認を行うが、確認というよりも真相を知る覚悟を問うているかのようにも見えた。


「お願い」

「おそらく太陽圏連合軍旅団かと想定されます。敵機体はハザーではなく、高性能リアクターを有したトルネードトルーパーやキャバルリィです。ハザーが扱える兵装ではありません。ビームの被弾痕から痕跡が確認できます」

「太陽圏連合軍本体?」


 思わぬ敵勢力の名に、レナが思わず問い返す。

 リヴィアは追随してゾルザに確認する。


「あいつらはアンジ一人を殺すために、太陽圏連合軍本部の軍を要請したの?」

「状況から判断するとその結果となります。あるじ様はフーサリアでした。少数精鋭のために用意された、性能特化機体だからこそ、生きながらえたのでしょう」


 無言になった二人を優しい瞳で見つめながらゾルザは続けた。


「その戦闘結果も闇に葬られた?」

「太陽圏連合軍旅団が一機のフーサリア相手に壊滅などは、沽券に関わるでしょう」

「今の連合軍はかつての太陽圏連合の残滓に過ぎないのに!」

「だからこそです。これ以上彼等の抑止力を貶めるような戦闘結果は公表できないはず。あるじ様は人知れず彼等から生き延び成し遂げたのです」

「アンジ、気付いていないかも」

「あるじ様は敵が誰だったかも気付いていないでしょうね。気にするようなお方ではありません」


 レナの推測をゾルザが肯定した。


「ラクシャスは半壊。打つ手もなかったあるじ様はみずからがモレイヴィア国に投降して罪人になることで、モレイヴィア国は煌星支部とヴァルヴァ解放戦線との交渉材料となる。ラクシャスはもう戦えませんから、あとのことをレステック大統領に託したのですよ」

「アンジの誤算。それは己の実績をあまりにも過小評価しすぎていたこと。アンジの助命嘆願はモレイヴィア国どころか近隣のヴァルヴァ住人からも届いていた」

「もとよりレステック大統領はアンジを処刑する気も引き渡す気もありませんでした」

「人間の政争などどうでもよいのです。私のあるじ様が不当な扱いを受けて拘束されていた。あななたちも同じ気持ちのはず。あの悲劇を二度と繰り返すわけにはいきません」

「はい」

「うん」


 画像が流れた。ゾルザの記録映像だ。

 時刻は朝四時頃。半壊したラクシャスに乗ってアンジが帰投した。この年の煌星は常夜であり、朝日が昇ることはない。


「あるじ様が帰還した今だからこそ、お二人にお見せできるのです」


 応急修理する姿が早送りで流れる。

 映像が止まった。


 映像のなかのアンジは格納庫の頭上を見上げた。今のようにやつれた姿ではなく、ふくよかな体型だった当時のアンジだ。


「残念だが、俺はもうここに戻って来れないかもしれない。なあ。精霊さん。あんたが本当にいるなら、リヴィウの力になってくれ。もしリヴィウだけが戻ってきたら、頼む」


 そういったアンジは首を横に振る。


「もう戻ってこないほうがいいんだけどな。事前交渉して、良家の養子にしてもらうよう頼むつもりだ。俺にそれぐらいの価値があるかどうかはわからんが、ゼロってことはなかろう。価値がなかったら一般家庭でもいいさ。俺と二人でいるより安全に過ごせるだろう」


 名残惜しそうにラクシャスに触れるアンジ。

 映像だとわかりきっているはずなのに、リヴィアはこぼれる涙をぬぐおうともせず、手を伸ばす。


「ただ、もし戻ってきたらその時は…… 先のことはわからんか。その時がきたらでいいさ。頼んだよ精霊さん」


 リヴィアは膝から崩れ落ち、レナがすか肩に手を貸す。二人とも膝立ちとなった。


「ゾルザ。少しいじわる。リヴィアにこの映像は辛いもの」

「ありがとうレナ。私は大丈夫」

「まだ脚が震えている」


 膝立ちするリヴィアを見下ろすゾルザは笑みを浮かべていた。


「あるじ様は私の存在を一切知覚しないまま、私がいる・・ことを断定して私に命じてくださいました。これほどまでに至福だった時はありません」


 ゾルザは夢見る少女のように、当時を思い出していた。


「私はあるじ様から賜ったお役目を果たしましたよ。あなたたちが帰還したとき、歓喜を覚えました。そしてあなたたちの神性寄りの力に気付いたのです。あるじ様の言葉がなければ、そしてリヴィウが熱をだしたとき私が姿を映し出すことがなかったら。――ヴァルヴァを精査してコンタクトを取ろうなどとは考えもしなかったでしょう」


 レナはリヴィアの肩を優しく抱きしめる。


「立ちなさいリヴィア。そしてレナ。あるじ様は帰還したのです。この映像はあくまで過去。感傷にふけっている暇などありません」


 二人は頷いて立ち上がる。


「私はあなたたちに力を貸しました。次はあなたたちが私の希望を叶えてください。このゾルザがとこしえにあるじ様とその家族の帰るべき場所になること。それが私の望みです。あるじ様を守るために力を貸してください」

「それは私達のセリフ」

「そうです。力を貸してゾルザ。もうあんな姿になるような戦闘はさせない」


ゾルザは二人の瞳を静かに見つめる。


「煌星を見捨ててシルバーキャットのメンバーだけで他の星系に旅立つという手段もありますが、たった数人のみでのエクソダスなどすぐに限界がきますからね」

「私達が同胞のヴァルヴァを見捨てるなんて、アンジも悲しむはず。それは本当に最後の手段。――太陽圏連合本部と戦闘になった時だけ」

「太陽圏で生けるAGIなど多くはないはず。あなたたちはその利を活かし、この惑星に誘い込んで叩いたほうが早いというものです」


 ゾルザは外の世界を知る手段が限られる。他勢力が神性寄りのヴァルヴァを手に入れてAGIを動かした可能性はあるが、稼働した瞬間【審判の日】に再び破壊される可能性もあるのだ。


「そのためにも設計しましょう。新たなマカイロドゥス。あるじ様があなたたち二人に身をもって示した、必要な兵装を」


 ゾルザの言葉に二人は同時に首肯した。


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