「アンジとリヴィウが暮らした場所を探索しようと大学を卒業した時に、レナを連れてこの場所にやってきた。私達に反応して宇宙船のAGIが覚醒して接触を図ってきた」
「事実。世代居住宇宙艦AGIの名はゾルザ」
アンジはふとした疑問を口にする。
「宇宙艦が接触? 待て。確かに俺が見つけた区画は床が傾いていたが、この区画や、昨日寝泊まりした区画は平らだったぞ」
「モジュール構造とブロック構造の複合型の設計になっている。艦内レイアウトは自在。本来は傾いているんだよ。アンジが住んでいた区画は当時のままにしてある」
「格納庫か……」
「あの区画は機兵用のカタパルトデッキに繋がる格納庫だった」
アンジは十年前、自分が住み着いていた場所の秘密が明らかになり、固まる。
「そういえばリヴィアの部屋は和風の部屋だったな。そんなことまできると?」
「そうです」
「リヴィアとリアがパイロットしている理由の二つ。一つは、腕がいいから。もう一つは即死したら捕虜になる恐れもないからです」
リアダンが若干虚ろな瞳をしながら俯いて語る。
「即死したら捕虜って…… いや、説明しなくていい」
貴重な神性持ちヴァルヴァを捕虜にしたら、どんな扱いを受けるかわかったものではない。
人体を分解して解析を試みるなど非道な研究や、強引に子孫を残させようと考える輩もいるだろう。そんな扱いなら即死のほうがまし、という理由だ。
普段なら杞憂と一蹴するところだが内容が真実である以上、彼女たちの危惧はそれほどまでのものとなることはアンジも理解できた。
「一度頭のなかを整理させてくれ。——俺が昔見つけた場所は世代宇宙艦ゾルザの一画。数世代の人類が生活するはずだった宇宙艦で食糧から兵器まで製造可能。居住区の組み替えまで自在にできる艦だったと」
夢物語にでてくるような、理想の宇宙艦を形にしたらアンジの内容になるだろう。
リヴィアが昨夜いっていた、食糧は自在に調達できるという話も付け加えた。
「的確な理解」
レナがアンジを見上げて言った。
「補足するようなことは?」
「ない」
「ないか。——とんでもない事態だな」
アンジは理解する。稼働しているAGIを搭載した世代宇宙艦の存在は、火星どころか残存する太陽圏連合軍戦力が結集してもおかしくないような内容だった。
「一連の流れは俺の過去と直結しているんだな。AGIは今も俺達を見ているのか?」
「はい」
リヴィアが天井を見上げる。
「私とレナはゾルザと契約を結んだ運行者です。一種のシャーマンみたいなものですね。グレイキャットのメンバーに権限も付与できます」
「あやしい奴はまず入ってこれないということだね」
リアダンの言葉に、アンジも落ち着く。
この場所では差し迫った危機はないようだ。
「いずれ来訪する所有者とともに歩むことになると伝えられましたから」
「所有者。いるよな。所有者を探すまではここを使ってもいいということか」
「所有者は帰還しました」
気まずい沈黙が流れた。
にぶいといわれるアンジでさえ、流れでわかる。
「いくらなんでも、そうはならないだろ?」
「ゾルザ。あなたが所有者とコンタクトした際の映像を流してください」
リヴィアの声に答えるかのように空中に仮想モニターが出現する。
鮮明な映像は、アンジが住んでいた格納庫だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
作業用の
「開いたな。AIは生きているってことか。隠れ家にはちょうどいい」
アンジの声だ。彼自身、覚えている。
機兵は外から見下ろすように内部を確認している。
「宇宙船の一画か? 動力が生きているならありがたい。空気の入れ換えが済んだら内部を確認しよう」
コックピット内での独り言は、すべて録音されていたようだ。
しばらくして機兵は格納庫に入り、当時のアンジは外にでる。この頃はまだ恰幅のよい体型だった。
「内部は…… ひっくり返したかのような有様だな。慌てて逃げ出したのか、それとも」
その先はあまり考えたくなかった。第二次太陽圏戦争では多くの者が死亡した。
「多少傾いているが、問題ない。クレーンもあるし、整備はできそうだ。パーツも置ける」
アンジは壁に手をつけ、室内に声をかける。
「しばらくここにいる。よろしくな」
壁をとんと叩くアンジの姿がある。
仮想モニターに文字が浮かびあがる。
『当艦を必要とする人間を発見。コンタクト不能。機体から照合。個人名【
仮想モニターに映る画面が変わる。
発見された当初と違い整理された格納庫内にフーサリアのパーツが大量に転がっている。
アンジがリヴィウを心配そうに看病している。
「薬を買いにいくから待っていろ」
「ダメ…… アンジ、ここにいて……」
高熱を出しているリヴィウに懇願され、アンジは動けない。
「ラクシャス…… 狙われているから…… ここにいて……」
「わかった。どこにもいかないから」
その映像を泣きそうな顔でリヴィアは注視していた。
映像が早送りされた。アンジが眠っていたようだ。
傍に半透明の少女が映し出されていた。白い衣装に身を包んだ少女は優しくリヴィウの頭を撫でる。
アンジがふと気配に気付き、顔をあげる。
「あ、あんたは……」
アンジは見慣れぬ半透明な少女に問いかけることが精一杯だった。