リヴィアはアンジの枕元で囁くように言葉を続ける。
「私達、廃棄物と呼ばれた者たちはなんの特徴も有しておらず、養父母が見つからなかった場合は売られることもしばしばでした。知っての通り扱いは惨く、生き延びた者も僅かしかいなかったのです」
「非合法な工場が多く残っている、あいつらがやりたい放題しやがって」
「あなたがヴァルヴァたちを解放していったんです」
「その話はやめよう」
「――避けられない話です。気を悪くしないで。アンジが解放していったことも遠因になり、判別したことがありました」
「なんだと?」
「かつて廃棄物と呼ばれた少年少女たちは単なる無能力者。廃棄物ではなかったということがここ数年で発覚したのです。多くの者が無事成長し、その異能を発揮し始めた。多くがあなたによって助け出されて、生き延びた結果です」
「俺には関係ない」
「現実から目を逸らさないで。事実を受け入れて。あなたが為した成果です」
「……そうか」
アンジとしては歯切れが悪い。
「以前は廃棄物が大人まで成長することは極めて稀でした。生き延びた廃棄物たちは結果、一種の
「神性?」
「神性と言われるだけの権能はあったとだけ。世界が目の色を変えて、神性持ちのヴァルヴァ確保に走った。研究し、その力を利用しようと画策しています」
「ふざけんなよ。廃棄物と処分していたくせに、手のひらを返しやがって」
「本当にそう」
心細い声を出すリヴィア。当事者なのだから当然だろう。
「厄介な情勢だな……」
そんな情勢ならリヴィウが姿を消すのも当然だと判断した。アンジと一緒にいたらより危険かもしれない。
廃棄物と呼ばれたヴァルヴァをアンジが救い出したということは、多くの研究者たちを殺したことに繋がる。
「リヴィウは失踪して、私はこの身を守るためにグレイキャットにいます。だからどうか、アンジ。身勝手なお願いだとは思うけど。かつて
「俺でいいなら使ってくれ。それはきっと、リヴィウを守るためにもなる。――リヴィアも守らないとな」
「――そういってもらえて嬉しいです」
少女の声が潤んでいる。感極まったようだ。
「戦闘はからっきしだけどな」
「謙遜は時に嫌味ですよ。しかし我々シルバーキャットはアンジを前線に出すつもりなどありません」
「いざとなったら出撃するぞ」
「それだけはダメです。アンジを危険な目に遭わせるなど、リヴィウに怒られます。機体の整備に専念して」
横になりながらも腕にすがりつき、哀願の目をしているリヴィアに対し、アンジは何も言えなくなった。
「わかった」
「眠たくなるようなお話はこれでおしまい。――アンジは私に、神性があるかどうか、どんな能力なのかは聞かないんですね」
「興味がない。そんなもので人の価値は変わらない」
「うん……」
アンジの左腕にしがみつくようにぎゅっと抱きしめるリヴィア。
「久しぶりにゆっくり眠れそうです。恥ずかしながら、最近色々あって多忙で……」
「ああ。ゆっくり眠ってくれ。俺もそうする」
「うん……」
生返事したリヴィアは、もう寝落ちしそうだった。
すぐにすぐ隣から心地よい香りに、穏やかな寝息が聞こえてくる。
すぐ隣で。
(ん?)
アンジはようやく置かれている状況を理解した。
リヴィアの胸の谷間にちょうど左腕が収まっており、手の甲あたりは柔らかい太ももに挟まれている。
恐る恐る隣を見ると、ぐっすり寝ているようだ。
(気持ちいい…… ダメだ。これはやばい。理性が蒸発しそうだ)
話しながら緩やかに這い寄り零距離に持って行かれてしまった。
向こうが先に寝てくれたことが幸いだった。
(持久戦、か。この状態で眠れるわけないだろう!)
少しでも手の甲を動かそうものなら、彼女のふとももを刺激してしまうような状況。
彼女が深い眠りに入ることを待つことにした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一時間経過した。彼女が完全に寝入ったと確信したアンジは、彼女を起こさないように恐る恐る手を引き抜く。
リヴィアに起きる気配はない。
(良かった。いや、あのままいたいぐらいなんだがな。リヴィウの戦友には手は出せないし、手の出し方もわからん)
女馴れしていないアンジには、手を出すなど想像の外である。
隣のリビングに赴き、ソファで横になる。ソファも十分大きく、普通に一人用ベッドとして成立しそうだ。
パジャマシャツを脱ぎ、上着代わりにして横になる。
(これで眠れる…… 今日はいろいろあったなぁ。人生で初めての体験ばかりだ……)
女性と対面で食事したことなんて初めてに近い。両親は幼い頃、戦争で死んだ。
(寝よ……)
意識を保つことも限界だった。緩やかに眠りに落ちるアンジ。
アンジが大きめの寝息を立て始めたところ、闇の中でじっとアンジを見詰める影がある。
リヴィアだった。
「アンジ……」
ここまで無防備でノーガードの誘い受け状態にも拘わらず、逃げられてしまった。
「焦りすぎましたね」
女性として意識はされているはず。アンジは美人という言葉は使っていない。
彼女はいったんベッドに戻ると自分のパジャマを脱いで半裸になる。
リビングのアンジにそっと忍びより、上着を剥いで身につける。ボタンは面倒なので掛けない。
「友人からのアドバイス。とにかく異性として意識させること。家族ではなく、ね」
アンジをそっと御姫様抱っこして、ベッドに連れ戻すリヴィア。起きる気配はない。
ぴったりと寄り添い、彼女は今度こそ本当の眠りにつくのだった。